たかぱん

 汚れた者

びっくり聖書解釈

 汚れた者(不浄の者)は、ここに入るな。
 日本の神事にまつわるところ、よくこの言葉が聞かれます。立て札によく書かれ、ここから先には、清められた者だけが入ることができる、ということです。「女人禁制」もここから導かれているようです。今は取り払われた祭りもあるそうですが。
 しかしまた、神社行事云々を問わず、汚れた者は入るな、というのは、私たちの日常のあらゆる場面で意識されていることであって、一定の服装でなければ入店お断り、という店も、その部類であると言えるかもしれません。
 イエスの時代のユダヤ社会でも、そうでした。
 イエスは、そこに楔を打ち込んだのでした。「汚れた者こそ、救われなければならないじゃないか」
 俺たちは清いから救いの恵みの場所に入ることができる。おまえたち汚れた者は、ここに入ることができない――なんて傲慢な思いでしょう。でも、それが私たちの普通の考え方なのです。
 イエスの抵抗は、今の時代に当たり前のように聞こえるかもしれませんが、果たしてそうでしょうか。私たちは、汚れた人を追い出していないでしょうか。そして、私たち自身が汚れており、救われなければならない、という意識を、少しでももっているでしょうか。



イエスの教えを聞くため、また病気をいやしていただくために来ていた。汚れた霊に悩まされていた人々もいやしていただいた。
(ルカによる福音書6:18)

Takapan
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