たかぱん

  納得できない判決はあるけれど

びっくり聖書解釈

 たしかに、道義的には問題でも、現行の法は罰することができない、という場合があります。逆に、人の世の法システムに反する行為をすれば、法のシステムが定めた罰則に従わなければなりません。道義的には許される、という理由で、法の罰則規定を曲げることはできないでしょう。聖書もまた、弱い者のために法を曲げてはならない、と記しています。
 ただ、法の問題点を指摘して改善させるためには、もちろん効果があるかもしれません。が、その時点での法に反した判決を下せ、という要求は、やはり無理でしょう。
 神の義とは、そういうものです。世の法において、神の義がすべて実現されているわけではありません。神の義を根拠に、法を変えていくことはできても、法の定めを無視することはできないのです。神の義が完全に実現される神の国は、この世では不可能なのでしょう。近づこうとはできたにせよ。
 世の裁判官が苦労して下した判決を、いたずらに不当判決と罵ることは、避けたいものです。



わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。
(ヨハネによる福音書14:27/新共同訳-日本聖書協会)

Takapan
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