本

『新島八重の維新』

ホンとの本

『新島八重の維新』
安藤優一郎
青春出版社(青春新書)
\820
2012.6.

 2013年の大河ドラマには、新島八重がヒロインとなることが決定している。2011年の東日本大震災への支援の一環である。福島出身で、郷土愛をもちつづけた、新しいタイプの明治の女性を描くというのである。
 かなり「変わった」人であったらしい。そして、実に特異な人生を歩んだ人であった。そもそも、幕末から明治期を生きた女性として、砲撃の名手として名を馳せたこと自体が珍しい。賊軍とされた会津の城の中で、政府軍の攻撃をまともに受けながら生きながらえつつ、後に京都で日清日露両戦争に際し日本赤十字社員の従軍看護婦として活躍し、宝冠章を受けている。なにより、私たち教会関係者から見れば、同志社創立であった牧師たる新島襄夫人である。
 これからまた、続々と、八重についての本が出されるだろうと思う。しかし、放送決定が発表されても、直ちにブームとはならなかった。放送が遠いというのもあるだろうが、そもそも新島八重についての史料が乏しいのではないだろうか。これまでも、彼女についての研究や書物は、実に限られたものでしかなかった。2012年の夏である今、各方面で取材中というところではないかと思われる。
 私は実は、電子書籍でひとつ先に読んでいる。そちらは、残念ながら、新島八重についてというよりも、殆どが幕末の物語であった。八重についてはあまり知らないというふうであった。だが、幕末ものでは売れないので、放送により名が現れた八重をタイトルに使用した、というふうに見えて仕方がない。幕末についての事情は、非常に詳しい人だっただけに、羊頭狗肉の感は否めない。
 しかしこの新書は違う。もちろん、幕末の経緯についても触れなければならない。そのときの政治状況を説明しなければ、八重の置かれた状況や立場、その行動の意味を理解できない。つまり、八重のことを理解し伝えるために必要な歴史を紹介するという節度に留まり、あくまでも主役は八重である。彼女の視線を保とうと努力してあり、私はそれに素直に共感する。
 そして、テーマあるいはその人物像の描き方というものも、一貫している。ぶれないシャープな捉え方で終始しているので、読む方は安心する。もちろん、それが八重の真実であるのかどうか、それは分からない。あくまで書き手の一つの捉え方ではあるだろう。だが、史実は史実、想像は想像として分かりやすく描き分けているために、読者にもまた推測の余地を残している。非常にバランスのとれた描き方がしてあると思う。
 先の電子書籍の著者のように、歴史家はともすれば、戊辰戦争に集約されそこをクローズアップしがちであるが、この本では、その後の八重の人生を語るのに、本の半分以上を費やしてくれている。八重の最初の夫の行方についても、最新の史料まで紹介してある。よく調べてあると感心する。新島襄との出会いとその生活についても、生き生きと描いている。もちろん、新島襄についても最低限の紹介をしなければならないのだが、そこに頁を割くこともできない。そのあたりのバランスも適切ではないかと思う。
 この新島襄と八重については、同志社の史料に拠らなければ殆ど何も分からないに等しい。その点、著者は同志社における資料を十分に活用している。そのメンバーの中には、私が個人的に知る方の名前も見える。こちらはまた、新島襄にかけては、日本で有数の知者である。こうした史料に基づいて、新書という限られた紙数の書の中で、人物を浮かび上がらせるために描くというのは、簡単なことではない。なによりも正確でなければならないし、想像で補う必要のある部分も多々ある。それらを適切に表すのであるから、なかなかよいプロの仕事であると言えるだろう。
 と、まるで本の出来具合を評するかのようになってしまったが、それだけ安心して、浸って読めるということでもある。どうぞ八重の人生については、この本の中から味わって戴きたい。残念ながら、その信仰の点では、あまり評価されているとは言えない。実際、夫の新島襄のような信仰とは違ったことだろうと思う。しかし、終生その同志社という基盤からもう動くことはなかった八重は、看護活動という方法で、キリストに生かされる自分を生きていたのではないだろうか、とも私は思った。伝道などという仕方ではなく、身を以て、人を助けていくのであるが、これもまた見事な仕事である。着物に洋靴などという、奇抜な恰好や、夫を呼び捨てにするじゃじゃ馬めいたエピソードばかりが聞こえてくるのであるが、今の若い女性はそれどころではないわけなのだから、もっと八重の中から、私たちは素直に何かを聞き取ろうとしてよいのではないかと思う。
 そして、戦争とか、官軍・賊軍とは何であるのかとかを、この機会に問い直してみることも大切ではないかと強く感じるのである。




Takapan
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