本

『ひとはなぜ戦争をするのか』

ホンとの本

『ひとはなぜ戦争をするのか』
A・アインシュタイン,S・フロイト
浅見昇吾訳
講談社学術文庫
\500+
2016.6.

 2000年に他社から発行されていたものであるが、解説を豊富にした形で文庫にした。とはいえ、本自体は非常に薄いもので、読むことそのものにかかる時間はさほど必要ない。だが、その内容たるや、なかなかのものである。言葉そのものは難しくはないが、こめられた思いを嗅ぎとり、深い視野とその意味を探ろうとすると、どこまでも深く、あるいは広く精神が飛び回りそうな気がするのである。
 私はこの本の存在については知らなかった。本の解説には、《1932年、ノーベル賞受賞から10年を経て、すでに世界に名立たる知識者になっていたアインシュタイン。53歳の彼が、国際連盟から「人間にとって最も大事だと思われる問題を取り上げ、一番意見を交換したい相手と書簡を交わしてください」と依頼され、選んだテーマがこの本のタイトルであり、その相手はフロイト》というようなことが書かれていた。
 確かに、これらの書簡の文章は、比較的地味な扱いの中ででも全集には入れられていたはずだ。しかし、少なくとも邦訳で、この二つの書簡が並べて日本語で置かれたのは初めてであろうと訳者は言っている。並べることで、この応答は完了するし、その書き方の意味も理解できるのは当然であるから、これは普通のことのように思えるが、実のところそれがなかったのだという。
 そもそもそのような書簡があること自体、私はこれまで知らなかったのだから、やはり一般によく知られたことではなかったのではないかと思う。そして、その意義たるや、現代の私たちが考えなければならない点を多く含む、いや必需ともいえる書簡ではないかと思えたのである。
 同じユダヤ人の血をひき、国を追われていたような立場で、共感するところがあったのではないか、と本書の解説が施されているが、それぞれの分野が違うにも拘わらず、ひとつの糸として撚り合わされていくような感動を、読者は覚えるのではないか。
 この二人は、政治的な判断をしようとはしていない。アインシュタインが尋ねたごとく、フロイトは、人間心理という観点からそれを説明していいる。死への欲動(かつて本能と言われていた)の説を紹介しつつ、しかし文化が戦争を抑止する力になる、とフロイトは応えている。
 戦争は悪である、あるいはなくすべきである。そうした考え方が、現代では主流であるといえる。この本の当時の「戦争」の語が包含する意味と、現在のものとは相違があるだろううが、つながりは深いと思う。また、本書には浅見昇吾・養老孟司・斎藤環といった重鎮が、かなり長い解説を加えており、これもまた読み応えがる。書簡に欠けている観点を、またそれぞれの専門の世界から私たちに語りかけていて、書簡を現代の私たちがどう受け止めていけばよいのかについて相応しいガイドとなっているように見受けられる。
 いずれにしても、たいへん読みやすい書簡であり、解説である。そして、深い視点が提供される。戦争や平和について関心がある方、何かしら意見をまとめたいと思う方、ぜひ読むべきであるとお勧めしたい。賛同するとかしないとかいう話ではない。考察するために必要なフィールドというものがあるわけだが、この小さな本は、間違いなくそのフィールドとなるものだ。ただ闇雲に「戦争反対」と叫び続けたとしても、それでは無力であることが分かるだろうか。無知であることは、判断を誤り、また敵に利用され、無駄な遠吠えに終わるであろう。とくに文化と戦争との関わりについては、どきりとさせられるのではないだろうか。




Takapan
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