本

『幸福とは何か』

ホンとの本

『幸福とは何か』
長谷川宏
中公新書2495
\880+
2018.6.

 タイトルに惹かれて新刊を購入。哲学という側面からは入りやすいし、まあ入門書ということで、気軽に読めるのかなとも思った。
 大学教授方面ではない著者というのも少し気になった。いわゆる在野の知者である。学術的な手法ではないかもしれないが、だからこそ見えてくる景色というのもあるだろう。その分、弱さというのもあるかもしれないし、現に本書においても、分野は偏っており、もっと広く網羅して検討する方法もあっただろうに、ある程度個人で手の届く範囲に収めている、という見方もできる。
 いや、それが悪いとは言わない。どちらにしろ、新書の範疇で幅広く捉えることは無理なのだし、またそんなことをすると論旨が分散してしまう。著者の見えた景色を、その紀行文を辿るように読者が同行できればよいのである。その上で、さらなる幸福論を求めるならば、読者自らが考えたり、調べたりすればよいだけのことだ。
 というわけで、ここには西洋思想の王道がいくつか並べられている。
 その前に、この幸福という概念が、いかにも哲学ではありきたりの話題であるかのように聞こえるかもしれないが、決してそうではない。確かに幸福をひとは目指すのかもしれない。幸福を求め、幸福を手に入れるために、どうすればよいかを人類はずっと考えてきたのかもしれない。しかし、真っ向から幸福とは何かを突き詰めていくというスタンスは、ありそうでなかったとも言える。著者の着眼点はそこである。幸福ということは、あたかも周知の前提であるかのように取り扱われ、そのためにどうするかの議論が展開するのが哲学史であるかのようで、肝腎のその幸福ということの定義や検討が蔑ろにされている観があるのは確かである。
 もしかすると、その時代において、幸福というものは検討の余地のない代物であったのかもしれない。だから、その皆が知る幸福のために必要になることから始めることも可能であったのではないか、と。
 いや、そんなはずはないのであって、哲学者も幸福については一定の検討はしている。しかし、ソクラテスから改めて辿ると、確かにいずれもそのあたりについてはあやふやであるように見えてくるから不思議だ。
 本書は、ソクラテスの幸福観をただぽつんと示すばかりでなく、当時の社会状況や思想背景などをも十分に読者に紹介していく。そしてアリストテレスの幸福論を論じつつも、果たしてそうだろうか、と文句をつけながら議論を展開していく。このあたりもまた面白い。それからエピクロスとセネカといった思想家を紹介して、古代ギリシア並びにローマ時代に幸福がどう捉えられていたかを描き出す。
 しかし、中世についてはまるで触れない。そのあたりの弁明もわずかであるが記されている。あまりにキリスト教の世界観が支配しすぎて、幸福については型にはまったものしかなかったとでも言いたげだ。つまり、この世のものでしかない幸福というものについて、あまりにもまともに扱われていない、とでもいうように。
 本当にそうだろうか。私はもったいないとは思う。ただ、著者の得意なところかどうかという点もあるだろうし、新書という制約もある。本書の役割としては、ルネサンスによる古代文化の復興にまつわる近代につなぐ線を辿るという方法を、さしあたり認めなければならないであろう。
 ここで近代にまずヒュームをもってくるあたりが、著者の意図や作戦といったものを感じさせる。ふつうはそうではないだろうからだ。そしてアダム・スミスよりカントという流れは、通常の哲学の説明の仕方とはずいぶん違う。さらにベンサムとくるから、著者の得意技というのもあるだろうか。近代をどのように際立たせようかという、著者の意図の現れでもあるだろうし、このあたりは読者一人ひとりが感じていけばよいのだろうと思う。
 ここ百年の時代に入ると、メーテルリンクという特異な素材が現れる。私はここを見て「青い鳥」が読みたくなり、注文した。続くアランやラッセルは現代思想の幸福論の王道である。
 こうして見てくる中で、随所で問われているのは、幸福は誰のものか、何に基づくかという点である。つまり、個人の幸福が求められているのか、社会の、あるいは社会と個人の関係の中にこそ幸福があると見るべきであるのか、というあたりである。幸福論が難しいのは、そのあたりにもよる。自分だけの幸せというのが存するのか否か。漠然と世の中が幸せということが本当にあるのか。いや、だからこそまた、そもそも幸福とは何かという、本書の題がまた新たに目の前にそびえ立つ印象ももつ。
 まえがきの処に、「100万回生きたねこ」が紹介される。私はここで泣いてしまうのだが、案外、このねこの物語で、幸福論は完結していたのかもしれない。ふと、そんなふうにさえ思う読後感であった。




Takapan
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