本

『日本人の宗教性とキリスト教』

ホンとの本

『日本人の宗教性とキリスト教』
上田光正
教文館
\1500+
2015.4.

 シリーズ「日本の伝道を考える」の第一弾。三部作が考えられており、いずれもこの後続々と出版された。つまり、おそらく原稿としては全体ができた上で徐々に出されていったのであろう。
 牧師としての立場もあるが、神学者として名高い著者であるために、内容は厳密である。それでいて、現場での経験や実態をも踏まえ理解した形で考察を深めていく。たんなる事例集ではなく、軽率な思いつきでもない。自分の体験した出来事からの拡大解釈となりがちな類書の中で、広い見聞と歴史観に裏打ちされた著作となっている。
 それはまず、「世俗化」という大きなスパンで見る現代の宗教的状況を見つめるところから始まっている。現代に生まれ生きている私たちは、自分の時代を基準にもつしか経験がもてない。しかし、長い人類の歴史、いやキリスト教以来二千年を見ただけでも、この現代は実に特異な時代であるはずである。私たちの常識は、かつての人類からすれば非常識にほかならず、どういった点で際立つているのか、自分の立ち位置を相対化する眼差しは、こうした大きな観点の話題の場合に欠かせない。
 こうして、歴史がああだこうだと説明をしがちな私たちの中で、著者は、自分の独自の視点を早速と読者に提示する。それは、宗教とは「人々が天を想うベクトルである」という定義である。この「想う」の漢字ひとつにまで思いを込めた定義は、実のところ耳新しい響きの言葉であり、神学的とはいっても、多くの人が認めた定義であるとは言えないものである。しかし、だからこそ、こうした著作ではひとつの主張として価値がある。逆にこれがないと、ただ歴史的見聞をつなぎ合わせただけの本になってしまうのだ。そこで、著者は自分の神学的考察の第一原理としてこれを掲げ、そこから再び歴史を見つめていく。宗教改革ですら、この観点からすれば一つの捉え方ができるわけである。
 そして、関心は日本に向き、集まっていく。これがこの本の主題である。この国の歴史の中で、何がなされてきたのか。また、何が求められてきたのか。将来どこへ行こうとしているのか。改めて日本における宗教史を真っ向から捉えることになるのだが、そこに、神道の影響を大きく考えている様子が分かる。とくに、国家神道とは何であったのか。
 それを把握するために、著者はまた、他の国でのケースを取り上げ、分析する。古代ローマ帝国ではどうだったか。これは、聖書の成立のためにも、つまり新約聖書がそもそもどのようにして今の形になっていったか、に影響した時代であるために、当然西欧でも多くの神学者が検討を重ねている。そこへ今回、韓国ではどうだったか、が述べられている点が新鮮である。ページ数そのものは20頁もないくらいなのだが、ここの内容は味わいがあった。韓国は日本に最も近い地理にあり、キリスト教の伝道についても、わりと近い歴史をもっている。しかし、今や人口の三分の一またはそれ以上とも言われるクリスチャンの国となっている。大きく日本と水の開いたこの事態は、いったいどういう訳なのか。日本はどうしてそうならなかったのか。日本もそのようになることができるのかどうか。これは実に興味深い点であるはずなのだが、日本の神学世界ではまだ亜流のような扱いを受けている。この点に対する著者の見解や指摘は、もっと私たちの心を刺し、私たちを動かしてよいものではないかと思う。
 しかしまた、大きな課題は、日本仏教と向かい合うことである。これを著者は独自に「対質」という表現でクローズアップする。これは法律用語である。互いに言い分を述べ合うことであるという。つまり、一方的にキリスト教からものを言い、仏教をどうのこうのと批評するのではなく、それぞれがどういう立場で互いを、あるいは宗教というものを考えているのか、日本での伝道をどう理解しているのか、存分に語らせようというのである。もちろん、存分にとは言いつつも、著者は一般的な仏教を述べることはできても、仏教側から見たキリスト教というものを語ることはできない。そこで、増谷文雄といいう仏教学者の著作を借りて、仏教側から見たキリスト教というものについて紹介している。そして、増谷氏はかなりキリスト教について学んでいて、深い考察をしているにも拘わらず、それはキリスト教の宝がまだ土の中に隠されたままの状態であるような、そんな理解と紹介であったと結論づけている。これは氏が悪いのではなくて、それだけキリスト教というものが日本人の魂を捉えることができていないこと、しかしまたそれ故にこそ、まだ伝道の広大な土地が拡がっているという希望を抱いて、著者は第一巻を終える。
 これでやっと三分の一である。福音のメッセージはまだ伝え切れていない。この出発点を確認した上で、それではこの日本の土壌に、どんな福音を伝えるとよいのか、それが第2巻のテーマとなる。また、教会形成をどうやり伝道していけばよいのか、それが第3巻のテーマとなるのだそうである。私はすべて購入の運びで動いている。ここでも、ひとつひとつをご紹介していきたいと願っている。




Takapan
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