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『本物の英語力』

ホンとの本

『本物の英語力』
鳥飼玖美子
講談社現代新書2363
\800+
2016.2.

 NHKの語学番組を担当しているので、その道に関心のある人はよく知る人であろうかと思う。すでに『国際共通語としての英語』という著書があり、好評であったと思うが、その続編という位置づけがなされたのが本書である。新書としての量と内容を踏まえているのだが、これが英語教育についてなかなか味わうことをたくさん載せている。というより、英語を話すなど夢のまた夢のような私にとっては、英語の先生ありがとうございます、というふうで、ただじっと聞いていくほかない。
 英語の教育についての発言が今回多い。そういうわけで、教育の隅っこに携わる私としては、ぜひご意見を窺いたいと思う気持ちから、本書を開いたのである。
 ところが、この英語教育法については、英語のできる方々が、その人の数くらいに多くの意見を世に振りまいている。多くの場合、自分の体験的な英語学習法から発言しているのかもしれないし、また、英語教育を実践していく中で経験してきた英語教授法のようなものから発言していることもあろうかと思う。
 なかなか原理的にこれを決めることはできないだろうと思う。様々なタイプの人がいて、その人なりの学習法があったとしても構わないからである。また、その人がそれぞれの個性をもつ限り、個別の学習効果の上がる方法があってもよいからである。しかも、初めて英語を学ぶときに何をすればよいか、それは人生において一回性の問題である。科学のようにもう一度実験をするというわけにはゆかないのである。
 しかし、時代も変わり、説も変わる。一般の人々が使える道具の進展や変化もある。たとえば今であるならば、ラジオの録音もより簡単になり、いつでも好きなときにネイティヴの発音を繰り返し聞くことも容易になった。一昔前だったら、予算的にそれはできないというのが私の常識だった。
 英語教育を取り巻く状況も、時代の変化を受ける。筆者は、そうした時代の状況をも理解する。ただ、自分がそうやって学んだのでない以上、何かを絶対的に推奨するということもないようだ。
 そのようなノウハウを述べようとしているのではない。英語を学ぶというのは、英語をどう使うかが問題であって、英語で何をするのか、を問うている。英語を学ぶのではなくて、英語で学ぶようであってほしいというのである。尤もなことである。だがそうなると、それに見合うような方法というのがまた現れてくるのであって、そのようにして、文法の大切さや語彙の必要をアドバイスした上で、英語教育の現場とそれへの提言がなされる。また、ビジネスで英語を使うとなると、これから英語教育が目指そうとしている、読む・聞く・話す・書く、という四技能のうち、実は書くことへのウェィトが高くなっているというような実態をも教えてくれる。
 それでもなお、自分に合った学習法や自分の気に入ったやり方というものがあるであろう。筆者は、英語学習のプログラムを提供しようとしているのではない。ただ、いろいろ氾濫する英語教育の中で、有用なものと疑問をもつべきものなどの区別は時折見せる。それは、筆者がほかに著書として、英語教育にも多数の発言をしているからでもあろう。露骨に営業妨害をすると思われてはいけないので遠慮しているが、たぶんあのことだ、と分かるものもある。方法そのものは人により異なるにしても、こうした意見は大いに参考にしてよい。自分にとり気に入ったもの、効果の上がるものは、自分にしか分からない。楽して身につけようなどという魂胆も捨てたほうがいい。やはりひとつには、英語で何をするか、なんのために学ぶのか、というあたりにあるのかもしれない。
 だから、子どもに英語を、というときには、要注意であろう。本人の動機が薄いからである。親の目的がそこを支配しているだけなのかもしれない。
 いや、話がそれた。本物の英語力を問うてみたい人は、本書に聞くとよい。たとえ賛同できないにしても、そのこと自体が、ためになる。




Takapan
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