本

『透明標本』

ホンとの本

『透明標本』
冨田伊織
小学館
\1575
2009.10

 これは美術の本なのだろうか。いや、科学であると言うべきか。大学では水産学部出身だという著者。しかし、デザイナーとして活躍している。
 表紙は、真っ白な背景に、標本の瓶があり、中に紫や水色に輝く骨が逆光に輝いている。鳥、おそらくはウズラであろうか。幻想的な世界である。コンピュータグラフィクスではないかと思ってしまうような画像であるが、れっきとした実像である。
 生物の標本の、肉の部分が透明化している。それで、透明標本というのだそうだ。本にはさらに「新世界」と銘打ってあるが、これを含めてこのタイトルの呼称は、著者による登録商標となっているという。確かに、聞いたことがない。そして、独自の世界である。
 本の中にある紹介によると、これは、特殊な薬品につけることにより、「筋肉を透明化し、軟骨を青く、硬骨を赤く染色する」という骨格研究の手法のことをいうそうだ。解剖によらず、生体のあったそのままに、骨格を見ることができる。たしかに、画期的な手法である。レントゲンも基本的には平面であるし、CTのようなスキャンであっても、立体像をデータから再構成するに過ぎない。だが、ここにあるのは、紛れもなく、手に取れるような「それ」なのだ。実像をそのままに見ることができる。
 科学的にも、これは役立つ画期的な手法であるに違いない。
 だが、それを学的な「標本」として並べているだけなら、ただそれだけであっただろう。こここにあるのは、「造形美」である。それを写真構成としても抜群のセンスで並べてある。オブジェと呼ぶにはあまりに生々しい、生命への畏敬すら覚えるような形で、それでもなお、ただ見とれて「美しい」と溜息を漏らしてしまうような、そういう写真集となっているのである。
 終わりのほうで、小さな画像が並べられており、生物学的な解説もそれぞれ短くなされている。骨格が、理に適い、また人間が想像する以上に細やかな知恵を以て造形されていることに驚くような説明である。そしてこの本最後の説明によると、この透明標本は、「見えないものを見せてくれる、新世界への扉」なのであるという。
 最初には「神のみがデザインできる芸術品にさえ思える」という言葉もあった。まさに、人間の理解を超えた事実がここに見える。見えなかったものが見えるとき、それが分かる。いや、それが分かるからこそ、見えなかったものが見えるのかもしれない。
 哺乳類は、最も複雑な構造になっていることがはっきり分かるという。それをもちろん科学の言葉で「進化」とこの本は呼んでいるけれども、本当に進化したのだろうかと疑うほど、その美しさと複雑さは抜群のリアリティを以て眼前に迫ってくる。
 美しい。その言葉だけでもいい。それが、造物主への最大の賛辞となるかもしれないのだから。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります






 
inserted by FC2 system