本

『炭鉱(ヤマ)に生きる 新装版』

ホンとの本

『炭鉱(ヤマ)に生きる 新装版』
山本作兵衛
講談社
\1785
2011.7.

 2011年5月、震災に喘ぐ日本に、小さな明るい知らせが届いた。世界記憶遺産に、日本人の作品が選ばれたというのだ。九州福岡にいる人は、その存在はどこかで見たか聞いたかはしたことがあると思われる。山本作兵衛さんの、炭鉱に関する一連の絵と文である。これが、人類の足跡を刻み未来に何かを訴えるような、記録として他に類を見ない優れた歴史的遺産であるとして世界が認めるとは、誰もが驚くニュースであった。
 美術としての絵ではない。しかし、それは文章だけでは伝わらない迫力と情報量をもっている。確かに、これはすばらしい歴史的記録である。田川の図書館に置かれてきたその資料が、世界的な存在となったというわけだが、実際そこにある文と相俟って、当時の生活が私たちの目の前にまざまざと現れてくるような気がする。
 炭鉱については、最近上野英信さんがよく取り上げられるようになっている。炭鉱の比較的後の時代についてはよく写真で伝えてくれているのであるが、明治の古い時期については、この作兵衛さんの記録は実に貴重である。なにしろ、芥川龍之介と同年の生まれであるというのだから。しかも労働の現場については、写真というものがまず残っているはずがない代物である。それを、労働者として生きたとはいえ、記憶だけでここまで再現するというのは、並大抵のものではない。わずかに絵が好きだったという絵心があったとしても、高い教育や訓練を受けたわけでもないのだから、これだけの記録が描かれたというのは、奇蹟と呼べるようなことであろう。孫に何か言い残したいという一心で始まったこの絵は、広く日本に、そして世界に、労働の真実を伝える役割を果たすことになったのである。
 もともとこの本は、1967年に刊行されたものである。それが今、世界遺産に選ばれたこともあり、現代に再現されるに至った。多くの人の手に取られるようにと願う。
 元来労働というものがどんなに不条理であったのか、だがそれでも生きるために身を売るかのようにそうした場に耐えるしかなかったことを、読者は知るだろう。現代の私たちの労働条件は、こうした無数のひどい扱いを受けてきた人々の生命と生涯を犠牲にして成り立っているものだ。この私たちが、些細なことでストレスだとか面白くないとか、そんなことを言ってよいものか、この本が一つの方向性を示してくれるのではないかと思う。世界記憶遺産なのだから、世界のものであって、日本の私たちが知らなくてよい、などという道理はない。私たちこそ、この労働の現実をまずしっかりと見つめるのでなければならないはずだ。
 それにしても、狐の話など、怪談めいた逸話も紹介されているが、それよりもなお、人間の抑圧や圧迫が、どんなに怖いことなのか、改めて考えさせられるようにも感じる。ボタ山とは何かご存じでない方も、遠慮なく、開いてみて戴きたい本である。




Takapan
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