本

『全思考』

ホンとの本

『全思考』
北野武
幻冬舎
\1470
2007.3

 料理店の「クマさん」との掛け合いが絶妙だ。著者が通う店の主人は、著者のよき理解者でもある。また、著者のふだんの姿もここから明らかにする、という設定である。
 クマさんの呼び水もありつつ、そこから著者が淡々と語り続ける。話題は、生死・教育・関係・作法・映画の五つにわたる。
 自分のことを語るというのは、著者にとって全くないということもないが、いやに素直に自分というものをこのエッセイ集の中で、明らかにしているものだと言える。
 テレビからは窺い知れない姿が、この本の中で明らかになる。たんに頭の回転が速いというだけでなく、見つめているものについては、なかなか驚かされる。タイトルも必ずしも大言壮語とは言えなくなってくる。
 ここには、論理的な思考がはっきり見えるとは言えないけれども、そもそも理系人間であると自称する著者は、たしかに一筋通ったものを中にもっている。そういう自分自身を冷徹に見つめることができているのも、凄みを感じさせる理由の一つであろう。それは、舞台の上での漫才においても、客の反応を冷静にみとり、百分の一秒のタイミングでギャグを飛ばすのだというその笑いの哲学にも通じるところがある。
 おおまかに言うと、実に人情的な人である。心を大切にしている、ということである。IT社会に対しては、実に厳しい言い方をするが、あながち的はずれでないことは、よく分かる。その多くの使われ方が、人の思考をだめにしているというのは確かである。それは、ITが原因だというよりは、もうあらゆる面がそうだからITもまた、という側面もあるだろうが、しかし言わんとしていることについては、異論がない。
 毒舌と言われる著者のことでもあるし、この本はお子さまには読ませられない部分が多々あるのだが、どうぞアダルトな方は、心して読まれるとよいだろう。表向きの興味本位で読むと、しくじる。著者と同程度の深いところを見つめつつ読むのでなければ、著者に呆れられるような読み方しかできないだろう。
 などと言いながら、一度「北野武」と、自分のファンサイトの掲示板に書き込んだら、おまえのような騙りの嘘つきは、とか、武さんはそんな考えはしない、とか、炎上したということも記してあるわけだから、私などが、この著者の真意をくみ取ることができるわけがないし、そんなことをしようとも思わない。
 それに、タイトルは、今後また改善されていくのではないか。まだまだ、「全」思考などではないはずだ。ここは、黒澤監督に倣い、「次の著書」をベストに推して期待したいものだ、ということにしておこう。
 なお、時折見せるクマさんの言葉が、実にいい。私たちは、こんなココロをもっと見直したいという、見本のような気がしてならない。そして、著者が宗教に意味を置いていることを言明していることも、ひとつの大切な観点ではないかと感じる。




Takapan
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