本

『宗教多元主義とは何か』

ホンとの本

『宗教多元主義とは何か』
岸根敏幸
晃洋書房
\2300+
2001.4.

 書籍は、売るためにあるので、できるだけ売れるような宣伝をし、アピールをする。しかし読者の側からすれば、それが自分の求めるものを提供しているかどうか、そこである。ここに「宗教多元主義」について提供している本がある。関心がある。しかし、どういうことが書かれてあるのか、どういうことをこの本から自分は得ることができるのか、問題はそこなのである。中には、かなり独断的な一方的な自分の意見が並べられていることがある。かと思えば、他人の説をただ並べたものもある。教科書的に学ぶならそれもよいが物足りないと思う場合もある。しかしとにかくそれがどういうものなのかを知りたいという人には便利である。ところが、ぱっと見てその本がどういうものなのか、分かりにくいのが常である。
 その点、本書ははっきりしている。もちろん、タイトルからは分からない。しかし書店でも開くであろう「はじめに」「むすびに」を見ると、はっきりしているのである。これはどちらかというと教科書タイプであり、従来の論点を示したものである。しかし、宗教多元主義とくればヒックというのがまず頭に浮かぶであろう読者に対して、そのヒックの問題点と、それに留まらないその後の宗教多元主義の展開、またそれぞれの論点の違いや強調点、その意義、そうしたことをきちんと示そうとするのである。また、それでは筆者は何もこの本に顔を出さないかというと、そんなことはなく、それぞれの問題点を指摘する批判的な眼差しを以てしばしば顔を出してくる。ただし、筆者自身の思想をここで読者に提供しようというほどのことを企てているわけではないのだという。
 伝えたいことが明確である。これが本書の特徴である。地元福岡の方で、もしかするとそう広く知られている方ではないかもしれないが、文章の切れ味は光っている。内容は決して簡単なものではなく、使われている用語も簡単だとは言えない。しかし、その都度用語の定義が明晰になされ、議論の仕方も、実に丁寧である。妙に端折ったり読者の想像に任せてしまったりする、どこか文学的な表現で綴る人が多い中、本書は論理的に事を運ぶことでは秀逸である。なだらかに読み続けて、少しも淀みがない。こうした堅い本はそうそう早読みができないものなのだが、それができるほどに、論の展開が美しい。こういうタイプの本は、そうそうあるものではない。筆者のコミュニケーション能力の優れている故であろうか。決してくどく書けばよいというものではないだけに、論点が明瞭であるというのは、読書が実に楽しくできるというものであった。
 これだけのことに長く費やした私はその能力に欠けるのであろうが、それほどに本書に出会って、学んだことは大きかった。
 しかも最終章は本書全体のレジュメとなっており、実に丁寧である。これは学生のためのテキストとして書かれたのだろうか。しかし学生相手にしては少しレベルが高いかもしれない。宗教多元主義のこれまでの歴史を一読して頭に入れることができるという点では優れているのだが、ある程度宗教や聖書、その解釈の歴史について通じていなければ、確かに分からない点は多い。私はまだヒックを直接読んではいないが、ある程度の背景知識があるし、多元主義の意義や問題についていくらかでも考えたことがあるので、分かりやすかった、というのが実情であるかもしれないが、それにしても、「宗教」そのものの概念についてまで懐疑が入り、その故に同じ「多元主義」と称しても様々な側面があるということを考えるのは楽しかった。しかし考えてみれば当然である。キリスト教側から出てきた多元主義であるが、相変わらずキリスト教の視点に留まっているものと、それをいつの間にか出てしまったものと、様々であろう。いったい、どの立場から物を発言しているのか、それは私たちにとり宿命的な問題であるが、恰も神の視点から語っているかのように多くの人が思いなしてしまう。この宗教多元主義は、そうした点へも反省の目を促し、いったい自分はどこから語っているのだろうか、ということを意識せざるをえなくさせる。
 その上で、そこに普遍性が見出されるのかどうか、という、難しい問題なのである。




Takapan
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