本

『数と音楽』

ホンとの本

『数と音楽』
坂口博樹
桜井進数学監修
大月書店
\1500+
2016.4.

 興味深い本である。サブタイトルは「美しさの源への旅」と、ロマンチックである。
 中身は、だいたい予想される方も多いかと思うが、音楽の背景に数字、数学があるということだ。ピュタゴラスの音階がすでに、音楽について数学的処理ができることを見出しており、その意味では私たちが知る文明の初期から、数千年にわたり、音楽は数学的表現ができるものであるということが見破られていた。
 しかし、それに関することが述べられる本でも、大抵は、ピュタゴラスはこういう理論を発見しました、という程度で終わる。本書のすぐれているところは、現代に至るまでいろいろ現れてきた、「音階」という音階にこだわり、それぞれの構造を紹介しているところだ。つまり、たんにピュタゴラスの計算と、平均律くらいしか知られていないような「音階」というものについて、とてもとてもそんな程度のものではない、ということを貫いてくるのである。しかも、それぞれに数学的根拠がどうであるかという説明を施す。だから、この本には「数学監修」という肩書の著者が付加されている。こうした名前の監修者は珍しい。
 そもそも、平均律というのも、漠然と、オクターブを12等分したのだ、というくらいの知識しか持ちあわせていない私にとり、本書のひとつひとつの説明が実にきらめいていて、ためになった。決して、12等分どころの話ではないのである。その計算を様々な角度から調整して、なんとか転調もしやすいように仕向けられているというからくりがあるのだが、それでも、調が変われば微妙な音階関係が変わってくるというので、事は難しい。いまはあまり言われないそうだが、調により、表情があるというのも、事情はずっと複雑のようだ。
 ギターの図による説明が多い。モノコードを示すのが、振動数の変化に相応しいからだが、このギターのフレットというのが、実のところ処理が難しいものであるということも、読み進んでいくと分かる。むしろ、バイオリンのようにフレットレスの楽器こそ、音階については正しいものになるわけで、またそのためにも、演奏者に絶対音階の感覚が要求される。この絶対音階なるものも、幼いときには誰もがもっているらしいという話も興味深かった。私にも在ったのだろうか。
 実は本書の前半は、このようなややこしい話ではなく、五音なり七音なりがどうして採用されたかという事情をゆっくり説明してくれるので、焦らずに楽しみながら読むことができる。だがアラブや世界のいろいろな地域で、もっと細かい音程の差を使う音楽というのもあるそうで、言われてみれば確かに、基準はいくらあっても差し支えないだろうとは思える。
 いやはや、音というものを数字で扱うと、いかにも興ざめのようでもあるが、なかなか奥が深い。数式で感情豊かな音楽が作れるのかどうかは分からないが、ただ感覚だけで音楽をやっていても、くたびれるだろう。時に、ミュージシャンも、こうした数字に関心をもち、新たな音楽の地平を見つめてみてはどうだろう。もはや五線譜に表せない、新たな独自の音楽性がつかめるヒントになるかもしれない。
 数学も哲学も含まれている。音楽の根底に、私たちは立つことになる。刺激がきっとたくさんあるだろう、ユニークな本であった。




Takapan
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