本

『勉強法が変わる本』

ホンとの本

『勉強法が変わる本』
市川伸一
岩波ジュニア新書350
\861
2000.6.

 副題に「心理学からのアドバイス」とある。これはジュニア新書であり、中高生あたりを狙いとしているが、この学習法は、具体的な内容からすると高校生が適当である。中学生には、具体的な説明が難しいかもしれない。が、もちろん役立たないというわけではない。
 世に、勉強法はいくらもある。多くは、自分が体験して成功した、ということが書かれている。そもそも、こうした本を出版する立場にあるという人は、受験に成功した人なのであり、自分のしたことが成功した、という意味ではまことに適役でもあり、説得力もある。だが、それはたまたまその人に合っていた、というだけのことであるかもしれないし、それどころか、当然頭脳明晰であるから合格したのかもしれず、そうなると、その「方法」が良かったという証明には何もならないということすら考えられる。つまり、その人は賢かったので、何をやっても良かった、というふうに。
 これが、塾で教えるときにも苦労する。そもそもやる気のない生徒にどうやってやる気を起こさせるか、これが経験的に教師には分からない場合が多いのである。
 もちろん、中には、自分がだめだったという体験の中から教師になった人もいる。オール1の立場から教師になった場合、勉強で苦しんでいる子の気持ちは、誰よりも分かると言えるのかもしれない。
 しかし、事はそんなに簡単ではない。人はあまりにも個性が違うのである。誰にもうまく当てはまる方法など、考えてみればあるはずがないのであって、あればとうに発見されていることだろう。これを脳の構造から説明しようとする動きがあることは、先の書評でも触れた。
 できるだけ、多くの人にあてはまるような成果があればいい。その願いを叶える鍵は、心理学という分野がかなり近い場所にあるのかもしれない。人の心理の隠された癖のようなものを見つめようとするその研究から、同じ記憶でも、まずい方法と比較的うまくいく方法とを指摘することができるわけである。一度にかためてするのがよいか、毎日少しずつするのがよいか、それもどんな教科ならそうか、というあたりまで、調べてくれるものである。
 この著者も、様々な「勉強法」をチェックしている。そして、個人的な体験に基づくものには警告を発している。それでいて、たんなる暗記で済ませようとすることへの注意を発している。理解なしには、知識は使えないし、記憶にも不都合が起こるというのだ。中には、意味も分からず棒暗記して、それでいつまでも覚えているというものもある。だが、それはいわば例外というか、わずかな部分なのであって、ものごとの大部分は、意味の納得があってこその知識であり、知恵なのであろう。著者は、幾人かの、暗記こそすべてという本を書いた人々と対峙している。中には、対談を望み、そこからまたひとつの成果が生じることもあったという。
 漢字に始まり、数学や英単語、そして小論文へと具体的な方法が練られ、語られていく。高校生には大いに参考になるのではないだろうか。
 かといって、これを読めば誰でも学習法が改善されるのかどうか、は分からない。誰にでも適しているのかどうかも分からない。また、書かれてあることは、その時を越え、また教えるという仕事に携わっている私であるから、それぞれ呑み込めることが多々あると言えるのだが、現場に置かれた高校生に、どれほど伝わるかどうか、そこがまた課題であろう。案外、ジュニア新書でありながら、指導する大人が読み、この方法や考え方を活かすようにしていくのが近道であるのかもしれない。方法というものが分かるのは、やはり一度抜け出して外から世界を見る経験がないと、理解や応用が難しいのだ。
 前半が、私には面白かった。後半の具体的な例示は、それなりに分かりやすいのかもしれないが、どこか細かく、あるいは主張が弱めになるように印象があり、端々に輝くアドバイスがあるのだが、見つけにくくなっている。その点、前半で、熱く語られている心理学的効果や学習の進展への見通しなどが、活力があり勢いがあった。
 各章に「まとめ」があり、内容を振り返ることができる。また、そこを開くことにより、要点を得ることができる。親切な構成である。簡単だが索引もつくられており、一度読んで終わりという考え方ではないことが分かる。問題は、ここから読者が実行するかどうかなのだ。もちろん、生涯学習ということが言われて久しいが、大人たちもまた、大いに参考になる。可能なら、記憶力の劣る大人がどうカバーできるのかという視点ももらいたかったが、これはさすがにジュニア新書には要求できない。
 このジュニア新書、実は、高校生に理解してもらおうという丁寧な、筋の通った論旨の本があり、隠れた名著がいくらもあると私は睨んでいる。眠らせておくのはもったいない。学習に限らず、刊行を気にしていたいシリーズの一つである。




Takapan
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