本

『下り坂をそろろそろと下る』

ホンとの本

『下り坂をそろろそろと下る』
平田オリザ
講談社現代新書2363
\760+
2016.4.

 同じ講談社現代新書から『わかりあえないことから』が出ていた。礼儀正しくはあるものの、言うべきことをはっきり言う、しかも他人が見ていないような視点を以て考えさせることを教えてくれるという印象があった。
 今回も、同じ講談社現代新書において、同じような印象を与えていると思えた。タイトルにも魅力がある。そこはさすが劇作家であり、またコミュニケーションとは何かを日々考えている人である。タイトルだけでは言い当てることができなかったとしても、本を実際に開けば、どういうことについて述べているのかすぐに分かる。それでいて、読者が抱いたイメージとは違う景色を、ぐいぐいと見せてくれる。そんな魅力に溢れた語りの一冊である。
 まず『坂の上の雲』をもじった表現で、現在のこの国の状況の中に、下り坂を下る姿を見る。あるいは、その情景で現代を象徴する。そして、スキー人口が減少したという事実を基に、それは若者が減ったからスキー人口が減ったのではなく、スキー人口が減少したから人口が減少したのだ、という逆説めいた命題を呈する。そこに説得力があるのが、さすが文筆業である。
 そういった視点の転換を読者にもたらすのが、やはりこの本の魅力であろう。
 この後は、小豆島や豊岡、讃岐から女川や双葉、ソウルや北京といった実際の場所で何が起こっているかを伝える。これが本の大部分を埋めるが、スタンスは序章で予め語ってくれているので、意図を読み誤ることはまずない。淡々と語る出来事や状況説明が、ぐいぐいと読者を引っ張っていく。
 品のない批判はしない。だが、現在の政策動向が、大きく謝っているということを、最後に指摘する。筆者の主張がしっかりと収められている。ひとの好みや行いについて、隣組よろしく監視し、出る杭を打つようなことが平然と行われる社会であってはならない。なんとしてでも大きな成長をまたしなければならないのだ、そんな無謀な希望を行おうとすること、そうでなければ人気が取れない、周りから浮いてしまう、そうした世間の空気を払拭することはできないのか。私も、筆者同様に叫びたいと思う。日出る国の幻想だけで世界を照らす光気取りでいることが何をもたらしたのか、私たちは学び、新たな一歩を始める必要がある。その一歩は、ゆるやかに坂を下るようであってよいのだ。ゆっくりと、だが確かな歩みで、下るのだ。私は、そのとき、高速道路でよく錯覚するように、実は上りなのに下っているように見えてしまう、ということがありうるような気がする。つまり、下っているよと思いつつ、実はちゃんと上っているのだ、ということだってありうるのではないか、ということである。




Takapan
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