本

『改訂版 西洋近世哲学史』

ホンとの本

『改訂版 西洋近世哲学史』
量義治
日本放送協会
\2200+
1999.3.

 たぶん、講談社学術文庫で今入手できるはずである。私はこれを放送大学教材として、古本で入手した。安かったからである。学術文庫版ではいくらか改訂などがあるかもしれないが、そう大きな違いはないものとして理解できるのではないかと思われる。
 近世の哲学史には、九鬼周造や野田又男など、定評のある古典的な良書もあるし、近年も新しい成果を踏まえた、意欲ある解説書が多く出ている。そういう中で、放送大学という、比較的裾野の広い学生層へ向けて選ばれた講座のテキストであるため、より分かりやすさが求められていたと言えよう。担当は、量義治。カント学者である。従って、私はその方面で少しばかり著書に触れた。というより、この著者のいわばデビューといえる頃から、知っているということになる。同じカント研究者の中でも、著書を出した当初から、何かしらユニークな景色をその中に含んでいたと感じた。最初、それが何であるのは自分で説明ができなかった。その後、私は信仰を与えられた。再び著者の本に近づいたとき、ようやく知った。著者がキリスト者であるということを。
 哲学者である。西田哲学にも詳しい。内村鑑三の流れを汲む汲む、日本では知力溢れるグループの流れに属するかと思うが、信仰の情景も真っ直ぐなものを感じさせる。
 そういうわけで、本書でも、哲学史でありながら、宗教的な叙述が類書に比較してかなり多いように見えるというのが特徴であると言えよう。それは本書でも断られているとおり、宗教改革のために一章を割くという点に、顕著に現れている。近世の思想の展開を理解するときに、それを大きく取り上げることが必要なのである、という著者の信念である。もちろん、それは著者の信仰に基づくものであろう。
 その他、各哲学者の思想が、宗教的にどのような背景をもっているか、逐一語られるのが面白い。ドイツ観念論哲学者たちも、ついには最後は宗教哲学に至ったということや、宗教思想や神学がその観念論を支えている、というような見解に向かって叙述が進むのは、そうした解釈が無謀な訳では全くないのではあるが、どうしてもユニークに見えてしまう。
 しかし、著者のスタンスは決してぶれない。冒頭から、近世の哲学を、啓蒙の哲学とレッテルを貼り、読者たる学生の頭の中をすっきりと引き出しのように整理させておくことにより、確かに理解はしやすくなるのだ。学生向けの本であり、研究論文ではないのであるから、哲学に不慣れな読者のために、できるだけ明確な項目を立てておくことは、むしろサービスであるはずだ。
 宗教的な叙述の意味は、それだけではない。私は改めて感じた。こうした信仰をもつことによるユニークな哲学史の良さというものについてである。というのは、近世ヨーロッパ哲学の担い手は、皆キリスト教の環境の中にいた。それに反発を覚える人がいたとしても、反発を抱いたという意味で、キリスト教的な空間の中で思想を組み立てている。つまり、それに従うにせよ、アンチな感情を抱くにしても、キリスト教という土壌の上、キリスト教という空気の中で、思想が展開されているのである。逆に言えば、これに触れることなく哲学思想を延々と述べたとしても、何か命のこめられないものになりはしないか、と思ったのである。それはまるで、生物学を究めるのに、あまりにもありふれた水というものに全く触れずに物質名を並べて説明を施すようなものではないか、と感じたのである。
 キリストをどの哲学者も中心に置いた思想を語った、と言ってしまうのは、確かに言い過ぎである。しかし、キリストがいつの間にか中心に、あるいは背後のすべてにあるような形でしか、彼らは発想していないのではないか、という思惑は、必ずしも的外れではない。実体だとか概念だとか世界精神だとか言いつつも、それはキリスト教神学や聖書の思想をバックボーンとして構えていないはずがないのだ。その観点から、哲学的思想を捉えていくというのは、この西洋思想に限定するならば、実は妥当なところなのである。
 この含みをもたせた西洋近世哲学史は、そう多くない。その中の一冊、しかも学生向けとあって、本書は簡潔に言い切るような大胆さをもって、読者の理解を明晰にしていく。読者は、ひとまずこの引き出しを用意した上で、改めて別の見解を参照したり、原典にあたっていったりすればよいのである。私もずいぶん整理できた。頭の中の片付けができたという意味では、実にすぐれた企画であったと思う。
 哲学者たちの中に、哲学者たちが自ら意識しない形で染みこんでいるものを、はっきり示したという意味で、ほんとうの哲学史の理解を助けるコツのようなものが与えられたような気がする。入手しやすい今の文庫の形でもいい、味わって実際助かるものではないかと強く感じた。




Takapan
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