本

『戦国の日本語』

ホンとの本

『戦国の日本語』
今野真二
河出書房新社
\1600+
2015.2.

 ざっと五百年前の日本語に迫る。
 この時期、日本語が大きく変わったということは分かっていた。私たちは、平安時代の人ともし今会ったとしたら、うまく通じにくい可能性が高い。が、江戸時代ならば概ね話ができると言われている。その変化の境目はどこにあるか。それが、およそこの頃ではなかろうか、というのである。
 もとより、明治期も文語体が通用していた。そればかりか、書き言葉としては、昭和初期もかなり堅かったはずである。この五百年前、戦国期のあたりにしても、書き言葉はかなり古い。しかし、語彙としても今と共通するものが多々あることも事実である。
 日葡辞書というのが残っており、当時のポルトガル語と日本語との関係を見ることができる貴重な史料である。読み方が、現代のローマ字と同じではないが、アルファペットで記されているため、録音機器のない昔日の発音について、いくらかでも分かるというものである。
 濁音の有無などは今と違う点が予想されるが、そればかりでなく、母音の入れ替わりや変化などもある。本書の後半でも特集されているかのようだが、秀吉がどう言葉を使っていたか、もしかするとどう話していたか、というあたりがひとつの関心なのである。
 はっきりしたアクセントなりイントネーションなりまでは、完全には分からないにしても、明らかに語彙としてどういうものを用いていたか、今とどのような言い方の違いがあるか、については研究の結果だいぶ判明しているのだろう。実に興味深い。
 かつての日本語の変化を知ることにより、現代の言葉の変化についても説明ができたり、これからの変化の予想がついたりすることがあるかもしれない。また、よく言葉の間違いが話題にされ、あるいは他方で、言葉は変化するものだという開き直りもあるものだが、かつての変化と関連のある変化と、そうでない何か新奇な変化というものとを区別して考えることは賢明であろう。もちろん諸外国語の急激な侵入と、情報の量と速度の違いはあるものの、言葉は人間の思考の基盤であるから、大袈裟に言えば文明の行方を占う場合にも有効なひとつの道であろうかと思うのである。
 出版と執筆の時期に基づくものだが、2014年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」は、著者にとり大きな刺激であったようだ。何度か本文にも登場するし、そこの役者に関するコメントのようなものも見られる。要するにあの時代の言葉である。テレビ放送の通りであるという必要はないが、果たして当時の言葉を活かしてドラマを制作すると、どのようになるのであろうか。たしかに、こうした時代もののドラマは、アメリカのホームドラマを日本語で味わっているようなものであり、当時の言語とは大いに違っていることなのだろうが、そういったあたりまえの事実にも、改めて気づかされる思いがする。
 学問的に提示したというよりは、一般読者に興味をもってもらうためにとりつきやすい部分や史料、そして語彙の紹介などを並べており、読む方としては読みやすい。親しみやすく、またそういう方面の研究はどういうものかを知ることもできる。読み物として楽しむ中で、日本語がどこから来たか、とくに今の私たちの言葉にとり古代とまでいかないひとつのルーツを知ることができるような企画であり、言葉について考える人にとり大切なヒントがたくさん含まれている本であろうと思われる。学術的な基本を踏まえながらも、一般的なよい刺激を与える仕上がりとなっているだけに、私としては、もう少し売れ筋よろしく、若干のセンセーショナルな装丁や宣伝文句で、人の目を惹くものであったらよいのに、と思った。これほど地味では、もったいないという気がしたのだ。




Takapan
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