本

『子どもが見ている背中』

ホンとの本

『子どもが見ている背中』
野田正彰
岩波書店
\1785
2006.10

 2005年度、心の病で休職した公立学校教員が4000人を突破した、というニュースが、2006年12月16日に報道された。「学校現場の多忙化や児童生徒、保護者らとの人間関係の悩みなど」が背景、と文部科学省は発表している。
 もし、この本を読まなかったら、そうだろうな、と騙されたかもしれない。
 だが、この本を読んでしまった。良心をもち、教育の腕に長けた幾多の教師が、君が代の強制命令によって、心の病に追い込まれている、いくつもの例が紹介されている。精神医学者の著者のもとに具体的に相談された実例である。
 裁判意見書として多くの頁を割かれている音楽専任教諭の場合は、とくに身につまされることが多かった。彼女は、クリスチャンだったのである。それが、君が代を演奏することについての執拗な「いじめ」を、理不尽な「命令」の名の下にねちねちと続ける、校長などによって、どんどん病的状態に追い込まれていく。
 この本では、「いじめ」という語は使っていない。しかし、これが「いじめ」にならないと教育関係の責任ある立場の人々が言うのであれば、子どもたちの間での「いじめ」がなくならないのは、ごく当たり前の結論であろう。いじめ問題は、お役所が、子どもたちの間での出来事であるかのように詐称しているけれども、それはうわべのごまかしに過ぎない。おとなたちが日常的にやっていることが、箱庭的な教室という世界で現れているだけのことである。
 この本が、人の心を尊重しようとする、すべての人にまず読まれてほしいと願う。人の心を尊重しようとしない権力的立場にある人には、理解できるはずもない、ごく当然の良心というものが、綿密に描かれている。サブタイトルは「良心と抵抗の教育」とあるが、良心をなくすと、人間はどんな残酷なことでもできるようになることを、私たちは歴史で学んだはずではないだろうか。いや、必修科目の未履修問題にあるように、大切なその部分の歴史については、ついに学ぶこともなく、卒業して、昇進試験を受けて、校長とか役人とかになっていったのかもしれないけれども。
 休職者のことが報道されたのと同じ日、1935年に天皇機関説を唱える学者に学説の変更を強要していた文部省の実態が明らかにされている。
 70年前と今とで、いったい何が変わったのだろうか、と思う。
 なお、著者はこの本文中で、実際の報道機関名を挙げて、批判の対象としている。産経新聞社は当然のことなのだが、朝日新聞社も甘い点が指摘されている。それどころか、岩波書店もきっちり批判されている。私はこれに注目した。この本が、岩波書店発行であるからだ。これによって、著者の毅然とした言論に対する姿勢が窺えるし、また、自社すら批判する書籍を刊行する、岩波書店の姿勢も、言論に対する誠実さを覚えた。
 マスコミのあり方として、この姿勢は他も倣ってもらいたいと願う。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります






 
inserted by FC2 system