本

『生物と無生物のあいだ』

ホンとの本

『生物と無生物のあいだ』
福岡伸一
講談社現代新書1891
\777
2007.5

 ひところかなり読まれた本だが、よくこうした固い本が読まれたものだ、とも思う。
 きわめてアカデミックな舞台での話が綴られている。そのテーマは、「生命とは何か」。こんなふうな本に多くの人が関心を寄せたというのは、評判もよかったというのもあるだろうが、そのどこかミステリアスなタッチも関係しているかもしれない。
 ある意味では、象牙の塔の暴露本でもあるのだが、研究を巡っての様々な側面、内輪の話が展開していく。しかも、実際に足を運んだ地についての、味のある描写も加わり、お洒落なものを感じさせる本となっている。冒頭の、野口英世のイメージを突き崩すくだりは、かなり有名になった。
 生命とは、自己複製をするシステムのことをいう。だが本当にそうなのか。そうだとしても、それはどの程度までそうなのか。分子生物学を営む著者は、DNAの発見にまつわる生物学史を概観する中にも、生命に対してひたむきな研究を捧げた人々の存在をクローズアップさせることを忘れない。そうして、一般素人の読者を、生命科学研究の最先端のところにまで連れて行く。そのさりげなさは、もう芸術的ですらある。
 生命現象は、物理的あるいは化学的な作用の中で説明できる。生物学は、そのようなところにまで行き着いてしまった。しかし、生命には、機械とは異なる何かがあるのではないか。それは何なのか。筆者の息づかいが、時折聞こえそうになるものの、なかなかあからさまにそれを表してはくれない。自らをも修正して建て直していく生命体も、あるものの欠落は見事に補っていくくせに、中途半端なものの侵入によって、脆くも壊れていくということが、最後に用意された現象である。
 そして、恰もあの、偉大な自然と内なる道徳律に驚嘆したカントのように、著者は、生命の適応力や復元力に、ただ驚嘆するのみとなる。
 学術世界の内部での出来事、分子生物学やDNAの解説、そして研究室の方法など、学生が知るにもなかなかよい内容の本となっている。あまりにもその人間らしく醜い部分も記してあるので、あまりに純粋な学生だとショックであるかもしれないが、紹介された科学者の中には、実に純粋な人も登場する。読んでいて、そこに心が洗われるような気がするであろう。
 エピローグには、田園風景の中の思い出のうなものが、遠い日を見つめる少年の眼差しで、語られていく。こうした中に、象徴を描き、読者の心自身をも見直す機会を与えてくれる本である。
 結論のようなその前の章を、別の表現で繰り返すような感がある。そこには、生命の一回性が強調され、取り返すことのできない生命現象へのいとおしさのようなものが、こめられている。私たちに、そのことを思わせることができただけでも、この本は十分狙ったものが実現されている、というような気もする。




Takapan
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