本

『大学生のための リサーチリテラシー入門』

ホンとの本

『大学生のための リサーチリテラシー入門』
山田剛史・林創
ミネルヴァ書房
\2520
2011.8.

 いつの時代も、その時の大学生を見て大人は思うのかもしれないが、私も、つくづく思う。今の学生は恵まれているなあ、と。
 第一、卒論はパソコンが当然である。私は万年筆でしたためた。ミスに気づくと書き直しが大変だった。とにかく力勝負という具合で、提出日朝に仕上がった。すべてが手作業だった。
 そのための資料集めも大変だった。頼りは本を買うか、販売されていない文献はコピーするかしかなかった。また、どんな資料があるのかさえも、また資料と人づてでなければ知り得なかった。今のようにインターネット検索があるのは、かつての苦労が嘘のようである。一ヶ月単位で探して入手した資料が、数秒で手元に入るなどとなると、驚きよりもむしろ虚しささえ覚えるほどだ。
 そんな愚痴はもういい。この本だ。サブタイトルに「研究のための8つの力」とある。表紙だけを見ても分からないが、「はじめに」を読み進めると、この本の特質が分かる。これは、大学でいうと中間年代を想定している本である。研究の仕方と、その発表の仕方について、実に的確に、分かりやすく教えてくれる本である。つまりは、今の学生が羨ましいということである。
 大学に入り立ての学生には、難しい。まだ実際の経験がないために、せっかく教えてくれてもピンとこないであろうということだ。また、卒論を目前にした最終学年の学生ならば、もう通り越えてきたはずのノウハウである。逆に言えば、最後の年に初めてここに書かれてあることを知ったというのであれば、遅すぎるということだ。
 だからここにあるのは、大学生とは何か、という問いに対する答えのようなものでもある。研究とは何をどうすることか、そしてどのように示すことなのか。大学というのは、それをなすところである。これが大学生の仕事である。その「仕事」をまさに教えてくれるというのが、この本の「仕事」である。
 これが実に学生寄りでいい。大上段から構えて言い放つのでもなく、またあまりに学生の機嫌を窺うようでもなく、研究たるものどうあるべきなのか、揺らぎなく伝えてくれる。それでも私に言わせれば、コント仕立ての進め方など、学生に甘すぎるような配慮が多いかな、とも思えるが、具体性をもたせるのに悪いということはない。つまり、ひとつの読み物としても、楽しくうまく作られているということだ。
 しかし、それにしても学生にはここまでしてやらないと、大学というものの意味を分かってもらえないのか、という悲しさも感じる。講義中に携帯電話の電源を切るということの意味を、3頁も費やして説明しなければならないのか、という具合である。
 内容は、著者たちの専門である教育学、とくに教育心理学を実例にして展開してあるが、文系の学生にとっては普遍的とも言える事柄が多く、さして抵抗なく利用できるものとなっているといえるだろう。理系だと少しそのままでは扱いにくいような気がする。ただ、研究へのアプローチとして、大学生活で知りたいことについては、基本的な生活レベルの問題から、実に丁寧に記されているので、助かることは確かだろう。教授の研究室を尋ねるときに、ノックする→名乗り用件を伝える→許可を得て初めてドアを開ける、といった一連の動作まで指導されているのだから、親切そのものだ。というより、子どもじみた大学生にはここまで説明しなければならないのか、という嘆きもあるのかもしれないけれども。
 よく、文章の書き方などの本がある。しかしこのリサーチリテラシー入門には、その書き方そのものの実例や指導はあまり感じられない。そもそも実例などを設けても、それは意味がないと考えているのだろう。そうしたハウツー本は、学生は飛びつくかもしれないが、自分で考えることを育む想定にはなっていないので、実のところ何の役にも立たないのだ。むしろ、この本のように、批判的な思考を養う必要のあることを繰り返し述べ、自分で自分のすることを考えていくこと、つまり「メタ認知」という立場を知ることで、自己を改善していくことが目指されていることが、本当のこの本の強みであるように感じる。私もその考えには賛成だ。結局のところ、自分で考えるようにならなければ、何もできない。自分のしていることは適切かどうかを判断する、というメタ認知を覚えることにより、自分がどのように書けばよいのか、見いだしていくという方向性である。まさにカントの純粋理性批判の精神でもあるのだが、この認知については、この本の初めのところで触れてある。大学生の読者は、何のことか分からずに読み飛ばしてしまうかもしれないが、私の見立てるところ、この本から最も学んで役立つことは、実はそこなのだ。その上で、丁寧にあらゆる面から助けてくれる細々としたアドバイスを受け容れていくことで、大学生の仕事ができるようになっていくのだろうと確信する。
 そういうわけで、このメタ認知を重視するという前提で、この本を使えば、大学生活は本当に成果の多いものとなっていくに違いない、と願ってやまない。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります






 
inserted by FC2 system