本

『もういちど読む 山川倫理』

ホンとの本

『もういちど読む 山川倫理』
小寺聡編
山川出版社
\1500+
2011.4.

 高校のときの倫理は面白かった。歴史などの科目が苦手だった私は、この倫理については、さしたる努力をすることもなく、呑み込めた。なぜだかは分からないが、すべてがすんなり入ってきたし、理解できた。
 この「もういちど読む」シリーズは、ずいぶん売れているらしい。2015年時点で、帯に「累計100万部」と記されている。さもありなん。以前は、本物の高校の教科書を書店で入手して読むこともあったが、いまそれがアダルトの視点を入れて編集されたこのシリーズの登場で、より大人が読むに相応しい形になった。決して学習のための高校生向けのものでなく、社会生活を営んだ経験をもつ大人にとり適切な形になっていると言えるのだろう。だがまた、専門的に穿ったものということもなく、また、気に入られるために大人らしいユーモアやゴシップなどを入れるような気配もなく、至って真面目に、ほんとうに教科書調で通してあるので、面白みがあるというわけではないにしても、最後まで同じ調子で淡々と読める。今更ながらに、教科書というものはよくできていると分かる。学んでいるときには、テストされるための素材でしかなかったけれども、そして煩わしいものばかり書いてあるような気がしていたのだけれども、こうして大人になり、テストから解放されて見返すと、実によいことが書いてあるものだと分かるのだ。
 倫理である。高校の場合のように、心理学なども入れてよかったかもしれないが、この本では本来の倫理に留まっている。古代に発生した伝統的な思想をまず呈し、宗教を正面から紹介する。宗教は倫理とは違うとお思いの方もいらっしゃるかもしれないが、宗教のなんたるかを押さえておかなければ、倫理の歴史は読めるものではない。基礎知識としても重要な前提どあるはずである。
 それから西洋哲学と倫理が並んでいく。現代社会を理解するためには、この偏りはやむを得ない。しかし、哲学の抽象的な世界観については、ここでは最小限にとどめてある。倫理思想が目的であるから、その倫理思想の出処を示すために必要な以外には、むやみに哲学思想を展開しようとはしない。このあたりが、編集者の腕の見せどころであるように私は感じる。
 続いて日本思想。とくに、学校の授業では走り足となり上滑りしかねない、近代から現代思想に関しては、より詳しく書かれてあるように見える。そうでないと、大人が読む意味がないと言えるかもしれない。私たちを取り巻く思想、もっと言えば、私たちが実は取り巻かれていて、自分ではそれと気づかないような空気についての反省認識を促す場面である。慣れ親しんだ自分が常に正しいと私たちは思いがちであるが、他者から見れば、私たちは極めて特殊な一存在に過ぎないのだ。それを弁えることができるかどうかは、ひとえに、自己を客観視することができるかどうかにかかっている。日本思想を改めて捉える意義は、限りなく大きい。
 最後に、現代の倫理的課題が並べられ、ここがやはり大人のための倫理としての真骨頂かもしれない。生命倫理や情報化時代、異文化理解など、切実な現代社会の課題がぶつけられる。これらを、感情からなんとなく理解したり意見を言ったりするのが、世間の実情である。しかし、過去の歴史や、その思想が現れた背景、そして隠れた問題点などを考慮するためには、こうした人類の遺産としての倫理全般を見ておくことが、どうしても必要であると私は考えるし、本書の編集も、まさにそういうことなのだろうと思う。
 もういちどだけ読めばよいとは思えない。何度でも読みたい。ニュースを見るその席の隣に常備しておきたい。テレビの報道のとき、ふと、その問題の背景は何であったか、気にするようにすべきだ。このようにすると、私たちは、多角的なものの見方ができ、また、偏ったものを真実のすべてだと錯覚しなくて済むだろう。政治にしても文化にしても、その偏りがあまりに多いように見える。それは、「あいつらは偏っている」と吠える者たちこそが、実は自分が偏っているのだということをも、当然含んでいる。
 途中、若干、説明不足のところはあると思う。特別な用語について、既知のものとして述べてある場合もあるから、どうかすると、別の基礎用語へと目を向けなければ、正確な理解ができないこともあるだろうと思う。そういうせいか、山川出版社は、このシリーズで近年「哲学」を出版している。これは読み物というよりも、用語集となっている。これもいずれご紹介することになるであろう。




Takapan
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