本

『「理工系離れ」が経済力を奪う』

ホンとの本

『「理工系離れ」が経済力を奪う』
今野浩
日経プレミアシリーズ
\892
2009.4

 日本経済出版社の本とくれば、ビジネスパーソンが頭に浮かぶかもしれない。哲学だのキリスト教だのあるいはちょっくら教育めいたものだのの畑の私には縁遠い分野である。経済方面の人々から見れば、なんと浮世離れした呑気な人よ、と私のような者を見るかもしれないし、誰のせいで飯が食えると思っていやがるんだ、と心中軽蔑しているかもしれない。他方私の側に近い人々からすれば、経済といっても結局金の亡者ではないのか、何でも金で買える、金で測れるなどと考えているマモンの奴隷は気の毒だ、などと考えている人がいないわけではない。
 こうして見ると、アリとセミのイソップ寓話を見ているような構図である。しかし、こうした対極にある者たちが共同で仕事をする必要があるとしたらどうだろうか。経済倫理といったものが、果たして通用するのか、経済的宗教というものがあるのかどうか、興味がある。ただ、この新書が話題にしているのは、経済と工学である。これらもまた、先の二項対立を形づくっていると言える。しかも、それが大学という場において教育と絡むとき、さらに異なった位相を呈することになる。
 経済は大学を変える。景気動向で補助金がどうの、というばかりではない。かつて日本の高度成長期の花形だった工学が奮わず、工学科に進学してしかるべき優秀な理系の学生が、経済学部に流れていく現状があるのだ。漠然とそのように捉えていた私は、この本で実に具体的な現場の実情と、時期による判断の動き、政治経済の何がどのように影響してこうした自体を招いているのかなど、非常によく分かったという気がした。なるほど、と膝を叩くような思いである。
 すでに私が学生であった頃の常識も、今や通じない。突然のように強引に法人化していった大学がどういう背景においてそうなり、また今どう動いているのか、そこに、この工学部と文系学部との性格の違いや大学の実際の有様などが見事に絡んでいることなど、次々とこの本で明らかにされていくのである。
 これは刺激的であり、また非常に理解しやすい説明であった。また、こうした現実を解説してくれる本は、ほかにもあるのかもしれないが、私は出会ったことがない。見かけたこともない。
 実は、私の長男がまさにこの本のタイプに属している。理系として高校の学習を履修し、経済学部にこの春入学を果たしたのである。ただし、そこには工学の要素も入っている。数理解析を必要としながら、経済を捉える。昨今理系の必要を求めていると言われている経済学の分野であるが、実際は依然として理論経済の権威者が幅を利かせているらしい。それでいて……といった、経済学と工学との関係について、まさにこの本が懇切丁寧に知らせてくれる。
 そこに教育という観点を盛り込んでいるからこそ、私にも読めたのかもしれない。いやはや、ここでその面白いところを次々と明かすことはできないが、経済分野の本で、読んでいてずっと愉快であり続けた本というのは、私にとって実に珍しいものである。
 ただ、この国の経済的な面でのこれからというものを考えるとき、また、教育についても考えるとき、この本の指摘していることは、必ずしも明るいものとは限らない。それだけに、経済と工学との橋渡しという分野に飛び込んだ長男が、何をしたいのか何をしていくのかは全く知らないにせよ、その学びと活躍を応援したい気持ちがするのであった。




Takapan
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