本

『再び、立ち上がる!』

ホンとの本

『再び、立ち上がる!』
河北新報社編集局
筑摩書房
\1575
2012.2.

 河北新報社、東日本大震災の記録
 このように副題がついている。生々しい津波の痕の写真の表紙。しかし、そういうものでないと語れないのが、この厳しい災害である。
 2011年3月11日の午後、それは起こった。河北新報社は、宮城県を拠点とし、東北全体をカバーする新聞社である。九州の人間には、西日本新聞のようなものだとたとえると分かりやすい。当然、河北新報社は、被災地の新聞社であったわけで、やはり被災者と呼んでよかった。しかし同時に、報道することに、命がけで立ち向かった。その使命を果たそうと、その日から努力が続けられた。
 2012年3月、テレビドラマにその様子が描かれて放映された。『河北新報のいちばん長い日』という本がドラマ化されたのだ。その他震災の報道についてもいくつか出版化されているのだが、およそ震災一年を経るころにまたまとめられたのが、復興への力強い宣言となるようなタイトルの、この本であった。
 しかし、画餅が書かれてある本ではない。その意味では、タイトルのイメージする方向とは違うかもしれない。ただただ、当時の人々の対応を、様々な角度からレポートしているように見えるからである。しかしこれは、副題にもあるように、「記録」である。これでよいのだ。その時何があったのか、できるだけ正確に、客観的に記す。それでいて、人の思いもきちんと残す。必要なのは、個人の体験の中にある感情ではない。それも大切ではあるが、誰もが再びこうしたことにならないようにするために学ぶべき知恵であり、対策や対応である。その時なにがあったのか。残念ながら、死んだ人は証言してくれない。証言する資格のあるのは、つねに生き残った人だけである。私はシートベルトをしなかったので死にました、皆さん締めましょう、などと警告する人が存在しないように、地震や津波で死んだ人が、こうすべきだった、と教えてくれることはない。そこは想像でカバーしなければならない。しかし、生きている人の貴重な体験は、できるかぎり正確な形で遺しておくとよいはずだ。東北はもちろん、他の地域でも、防災ということについての、命がけの体験を与えられることになるからである。
 できるなら、読みたくないと思ってしまうほど、読んでいて苦しくなる。新聞記者が集めた情報や証言が、新聞記者独特の、無駄なく的確なレポートとして並んでいる。淡々と記すだけに、その行間にどれほどのものがあったことかとつい想像してしまい、たまらなくなる。いろいろな人が証言する。その声が、どこか無秩序に並べられてどんどん読者の心に流れ込んでくるものだから、渦巻くその悲しみや悔しさなどと共に、一筋の光が見えてくるかもしれない、という思いを抱くようになる。つまり読者もまた、この苦難の中にある意味で同調し、体験するような気持ちになってくる。苦しいから、助けが欲しい、というような。
 もちろん、それは擬似的である。ほんとうの苦しみを覚えているわけではない。私も、この本を閉じさえすれば、豊かで安全な生活の中に戻ることができる。その意味では、ずるい。しかし、ここから拾い出そうとすれば、これから防災に活かす宝物がふんだんにある。心ある人が、必要な分を必要なときにここから汲み出せばよい。ただ涙しているばかりが読み方ではないのだ。
 そして、この証言をくださった方々に敬意を表し、せめて無責任な風評被害を流す自分というものを、厳しく断罪しようではないか。
 福島もこの新聞の届く領域に入ってはいるが、この本では原子力発電所の問題を深く掘り下げることはしていない。やはり仙台から見える景色は、津波である。その威力は避けられないほどのものではあるが、やはりそれでも何か将来のために残すことは可能なはずだ。原発はもしかしたら今後問題とはならないかもしれない。しかし、津波は遅かれ早かれいずれまた来る。注目する価値は十分にある。それに、ともすれば原発問題ばかりがクローズアップされ、いつしかただの津波の被災者は、大したことがないように見られかねない景色も感じないわけではない。そうではない。津波はきついのだ。津波はとてつもない自然の力なのだ。それと闘う方法を知ることは、人間が本来の自然に生きることにつながることだろう。
 あのとき、どこでどのようなことが起こっていたか。それを手許に置くには相応しい本の一つである。これだけの証言のあふれる厚さの中で、この価格は安い。まずは手にとって、これらの声から逃げないで、受け止めようではないか。




Takapan
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