本

『礼拝論入門』

ホンとの本

『礼拝論入門』
ウィリアム・ウィリモン
越川弘英・岩見育子訳
新教出版社
\1800+
1998.1.

 近年日本において多数の著作が出版されている、ウィリモンの本の中でも、早くに紹介されていたものだと思われる。副題に「説教と司式への実践的助言」とあるとおり、これは牧師など礼拝を司る側のための本である。が、もちろん信徒が知っていて損をするということはない。共に、礼拝とは何かを考えるための知恵として役立つものであると言える。
 ウィリモンは、メソジスト系に属し、そうした神学に属する牧師であり、また神学者である。洗礼と聖餐という、プロテスタントがカトリックから受け継ぎ残した2つの秘蹟すなわち聖礼典については非常に重要視する。それはルターが残したから、というような消極的な理由からでなく、神学的な根拠と考察を以て、また実践を以て、著者が確認し、強く主張するものである。その考え方からしても、礼拝を重んじるということはやはり当然のことであると思われる。キリスト者の証しとは、礼拝をするという毎週の行いの中にこそ最高度になされることなのであろう。
 この書でも、主日礼拝を軽んじる教会には祝福や発成長がないことを断言するところから始まる。そして、牧師が、説教や礼拝指導に習熟するための実践的ガイドである、と本書を定義している。
 ただ、これらのことを聖書を縦横に引きつつ証明しようというといった理論的な問題にスペースはやはり取れない。実際的に教会で礼拝を成立させるために何をどう準備し、どう判断すればよいのか、ということが、実際に礼拝プログラムを立て、あるいは執り行う中での出来事において起こる問題や疑問について、悉くアドバイスをしようとすることで精一杯なのである。それはどのくらいに具体的であるかというと、声の出し方や容姿、手の動きといった細かなことまでも、かなり詳しく説かれているという具合である。
 後半はまた、説教準備について、これまた詳しく語られる。これもまた具体的な問題に対応するように記されているから、実際説教をしたことがある者であれば、言っていることはすべて理解できる。もちろん、ウィリモンの言うとおりにすべてがなされるかどうかは、読者としてもいろいろ立場があるだろう。だが、ウィリモンが言っていることは分かるという点では間違いがないというわけである。
 聖書のテキストから、説教を組み立てる。そのとき、どういう順序で説教が生まれていくのか、そして特に、その場合に陥りやすい欠陥や罠のようなものが、項目的に挙げられてもいる。これは、ただ自分で毎週説教を繰り返すだけの牧師だと、見えない点であると言えるだろう。そこで、録画で自らの説教を反省する機会を設けるように勧めるし、牧師仲間で指摘し合う学びも必要だという。しかも、後者の場合であれば、その欠点として、実際に自分の説教を聴く会衆からの声でないという点まで挙げ、言いたくないものではあるにしても、実際の会衆の声を回収するようなことができるに越したことはないと説明する。
 その他、賛美にしても祈りにしても、細かなことでは、人それぞれにいろいろな考え方があるだろう。ただ、説教を重視することはやはり大切なのであり、同時にまた、聖礼典の意味も、福音そのものであるとして、大切にし続ける。著者に同意したくない場合でも、礼拝というものをどう築き上げるか、そこに目を向けないでいられるはずがないわけで、この本は確かに、実践的ガイドであるという意味で、宣言に嘘はないと言えるだろう。
 もはや入手しにくいかもしれないが、こういう良書はもっと永く継がれて売られ続けてほしい。




Takapan
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