本

『日本人へ 国家と歴史篇』

ホンとの本

『日本人へ 国家と歴史篇』
塩野七生
文藝春秋・文春新書756
\892
2010.6.

 哲学や宗教についてそれを人生として歩んできた人というのは、強い。太刀打ちできないものがある。性別で差別するというつもりはないが、ありきたりの軽さで表現すると、そういう女性は、さらに強いと感じている。
 だから、ついにこの人の本を選んでしまった、というところで、どこか後悔のようなものさえ走っているのが実情である。
 ともかくこれは、『文藝春秋』に連載された、比較的短文のコラムを集めたものであり、時期としては2006年から2010の春まで、となっている。出版されたときは、かなりホットな話題であるといえるが、読んでみると、総理大臣の名前など、隔世の感すらあるものだ。
 ご存じ、ローマ帝国についての著作が有名で、イタリア現地で綿密な取材とともにそれを成し遂げた著者である。その代表作を丁寧に読むという芸当は、私には今のところできていない。実に生き生きとその当時の視点から見えるものを描いたというイメージをもっているが、本当のところどうなのか、分からない。
 ここにある文章は、その時どきの政治の風景の中での感想や意見が、けっこう刺激的に表されているものである。その意味で、確かに、面白い。読ませるというのはこういうことなのだろうと学ぶ思いである。
 個人的には、いきなり歴史における後継人事のベストツーが紹介されており、本文の1行目からいきなり「イエス・キリスト」が登場したところで、思わず首を突っ込みたくなったというところである。ペテロへの後継事情が見事であったという辺りを説明してくれているが、他方信条としてだろうが、一神教を毛嫌いしているということもはっきり述べている。それどころか、靖国神社への参拝について記されている文章もあるなど、イタリアに住みながら、却って日本的な生き方に従おうとする様が浮き彫りにされていて、そういう意味でもこのように様々なことが語られている本は、面白い。ちらほらと著者本人が見え隠れするからである。
 私も、もしキリストに個人的に出会うことがなければ、この著者のような考えをとり、この本に大賛成の拍手を送り続けていたかもしれない、という気がする。だが、如何せん、出会ってしまったために、私の生き方の地図は一変してしまった。
 イタリアの事情やローマ帝国についてのありあまるほどの知識から、日本の政治状況と重ねて、ローマ皇帝の政治や考え方、その歴史が刻んだことを教訓として、あるいは時にはお遊びでどの皇帝がどの大臣や役職に相応しいかを想像するなど、楽しさも豊かである。だからたしかに、文章が巧い。これこそ、物書きで生計を立てるということなのだろうという見本のようである。
 はっきりものを言う人であるから、好き嫌いはあるだろう。ただ、書いているさまは明晰である。良かれ悪しかれ、曖昧な言い方はされていないと思う。そこが、面白い理由なのだろうか。
 立場的なことはともかくとして、こういうものの言い方があるものだと勉強になった。
 なお、ローマ帝国と言っても広いし時期が長いし、ひとくくりでは捉えられないことだろうが、ぶどう酒について当時は薄めて飲んでいたということが、ためになった。聖書に出て来る「強い酒」はビールだという解説があったが、この本では薄めない飲み方をする者が大酒のみだと解説されており、もしかすると強い酒とはそのことを意味しているのだろうかというように考えた。果たして如何に。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります






 
inserted by FC2 system