本

『なんでもわかるキリスト教大事典』

ホンとの本

『なんでもわかるキリスト教大事典』
八木谷涼子
朝日文庫
\998
2012.4.

 すごい本が出た。
 実にマニアックである。「なんでもわかる」は大言壮語だとは思わない。
 著者は、西洋文学の方面から、キリスト教に関心をもつようになったらしい。そして、実に様々な角度から、また細かな点まで、歴史の上からも、現代におけるキリスト教世界からも、調べている。失礼だが、やはり「マニアック」と呼ばせていただく。
 私なども実に知らないことばかりだ。どうしてかというと、私はプロテスタント教会に属し、他の教会の礼拝には殆ど出席したことがない。カトリックの葬儀ならば経験しているが、正教となるとテレビ以外で見たことはまずない。ところが、この著者、ありとあらゆる教会の礼拝に出ている。実に様々な教会に実際に出入りしているのだ。
 そして、著者は自ら、自分はクリスチャンではない、と宣言している。しかしその経験の度合いからも、研究した点からも、そのキリスト教会についての知識は膨大である。もとは翻訳の中でキリスト教関係の英語が実に不正確に訳されていることに腹立ち、直そうとしているうちにはまっていった、というような事情なのだが、その研究はもはや半端ではなくなっていった。
 中には、教会に初めて来た人や、初心者のために、この著者の本を薦める牧師もいるとのことだが、まことにそれはすぐれたものだろう。それくらい、教会についての知識が手に入るのである。たとえば、教会用語一覧、いや、教会用語辞典というのが中に含まれており、教会で普通に使われる特殊用語の意味や用法が説明されている。こんなものは、この著者以外の手によるものはこれまで一切なかったと思う。キリスト教会の専門用語辞典を作るということ自体、驚きである。
 10年ほど前にあった本をさらに改訂してこのたび文庫という形にしたという。おかげでさらに手にしやすくなったと言えるだろう。価値ある一冊であることは間違いない。
 その記述には、ことさらなる感情や賛否というものが入っていない。語弊はあろうが、客観的に述べてある。何がどう違うか、こういう点はどうなっているか、冷静に書かれている。それは、門外漢であるからかもしれない。傍目八目という言葉があるが、中に属しない人間であるからこそ、的確に目に映り、それを記述することができるというものであるのかもしれない。たとえば、仲間のことは悪く言えない。自分のことにも誇りがある。クリスチャンが、すべてのキリスト教会の教派について記そうとすれば、必ず視座というものがあり、きっと客観的には書けないだろう。かといって、仏教者がキリスト教会を描けばよいというものでもない。それはまた仏教の観点から見てしまうだろう。そこへいくと、著者は自ら、如何なる宗教の信仰ももっていない、と断言している。それでいて、こと細かくキリスト教について、またその歴史や現実の教会について、調査をしているのだ。また、特別な好意で、あるいは逆に特別な悪意で、教会を見つめているわけでもない。
 なんと助かる本であろうか。神は、このように役に立つ人をも送ってくださるのだ。
 では何がどう凄いか。それは、もうこの本を実際に見てください、と言うほかない。この改訂で、イラストを全部著者が描き直している。イラストレーターでもある著者は、教会の中で自分が見たもの、また様々な資料から、的確にイラストにして紹介している。この本には、渾身のイラストや図表がふんだんにあるのだ。見事と言うほかない。おそらく徹底したことの好きな方で、わずかでも不備があると気が済まず完全を期して取り組んであるのだろうと思う。実に適切で、また簡潔である。よけいな肉は削ぎ落としてある。だから、また役立つのだ。
 ただ、ひとつだけ提案をさせて戴く。それは本のタイトルだが、「なんでもわかるキリスト教大事典」とあるこの本は、実は「聖書」の解説がなされていない。聖書とは何か、という点について、紹介をする気は全くないのである。だから、それを「キリスト教」という名前で出したのだろうと思われる。それが間違っているとは思わないが、この本が実に細かく示してくれているのは、「キリスト教会」のことである。もちろん、建物にとどまらないのが「教会」ではあるが、その点も含めて、この本には「キリスト教会」のことがふんだんに説明されている。しかし、聖書そのものや、信仰という内面的な事柄について説明を施すことはできないでいる。それは仕方がないし、それでよいのだが、「キリスト教」というタイトルのものが、聖書や信仰を欠いているとなると、やや収まりが悪いかもしれないのだ。「キリスト教会」についてはなんでもわかる、というのは決してオーバーではないのだから、私は安心してお勧めしたい。そして、これだけの仕事をしてくださった著者に感謝し、敬意を表したい。
 また、著者のサイトには、もっと豊かで感情も交えたものが溢れている。とくに、教会を訪ねて、こういうところがよくない、というご指摘は、まことに耳が痛く、そして有難いものである。教会関係者は、言い訳をすることなく、まっすぐに受け止めたほうがよいと思う。たとえば電話で「はい、教会です」と返答することはないだろうか。それは相手からどう聞こえる可能性があるのか、きちんと説明してくれている。そういう意味でも、本当に有難い方である。




Takapan
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