本

『物語ること、生きること』

ホンとの本

『物語ること、生きること』
上橋菜穂子
構成・文 滝晴巳
講談社
\1000+
2013.10.

 ファンタジー作家として知られる。様々な賞を受けており、2014年には国際アンデルセン賞作家賞でニュースになった。翌年には本屋大賞という、売れ筋の賞を受け、書店にきらびやかに並ぶようになった。NHKでアニメ化された作品は二つあり、知る人には高評価であったが、ことさらにマスコミ受けはしなかったかもしれない。独特の雰囲気をもっていると言われ、その主軸には、文化人類学者としての顔があるという。
 ただ、その生い立ちについて語るという機会があまりなかった。そのため、ファンレターにもことさらに返事をしていない。なんだか冷たいのだろうか。いや、もしものことだが、私がその立場だったら、やはり返事をすることをためらうだろう。忙しいというせいもあるが、すべての人に公平にすることができないとあっては、誰かにだけするということがしづらいのだ。私がそう言っても言い訳に過ぎないかもしれないが、上橋さんの場合はとやかく言うべきではない。
 このことだけに限らない。私は、この本で語られる上橋さんの考え方に、多くの共感を覚え、どきどきしながら読み終えたのだ。もとより趣向の差はあるし、行動力も違う。当然才能が違うわけで、経験や努力も雲泥の差がある。しかし、ある事柄に対する態度やその背後にある自分の構えや地盤のようなもの、いざというときの態度決定のための判断基準などにおいて、「わかる!」と叫びたいようなことが、読んでいて度々あったのだ。
 そのおばあさんとの交わりについては、いかにもファンタジーの源泉となったようなエピソードがたくさん描かれている。その逸話の数からしても、大きな影響だったのだろう。それが私と同じだというわけではない。だが、自分への内省と時間への眼差し、異質なものとの関わりとそれを愛おしむ思いなど、私の中で言葉にできない何かを、言葉にしてもらったような心躍る時間を与えてもらったように思えた。これが文学の醍醐味とも言えるのかもしれない。
 作品にリアリティをもたせるためという目的でやり始めたとは思えないが、何事も自ら体験をして、そこから得られる五感を通しての実感を、作品の場面において言葉にしていく。なるほどと思う。ファンタジーの性格上、すべてを体験して書き表すということは不可能であるのだが、それでもなお、部分的にも体験する感覚を用いることによって、そこに絵空事でないつながりを読者に抱かせるというのは、この作者の魅力の一つなのだろうと思った。
 また、その文化人類学研究の話もここには多い。アボリジニの研究で知られる著者であるが、その経緯や実態などについてのレポートは、ちょっとした紀行文でもあり、冒険談でもある。わくわくするような展開である。
 これは、インタビューに基づく書き起こしである。作家の自伝が作家自身の手によらず他人がその喋りを文章化するというのは面白い。自分でじっくり書けばよさそうなものを、まるで文章を書くことが苦手だったり無理だったりする人から聞き出すかのようにしているのだ。しかし、その点についても、上橋さんは最後に述べている。だからこそよかった、と。話しながら、話すからこそ出していけるというものがあるのである。だからこそまた、ふだんならば出てこないようなものが吐露され、私たちの前に現れるということなのかもしれず、読者はこの形式に感謝しなければならないだろう。
 そのファンタジーの世界には、好き嫌いもあろう。なじめない人もいるだろうし、歓迎するファンもたくさんいる。だが、その豊かな表現描写に、作家になるにはどうすればよいのですか、と尋ねたい読者もきっといる。それに対して答えられない事情は上に挙げたが、それに対する答えのひとつがこの本であるとも言っている。作家として、偉そうにこうすればなれるなどと言えるものではないだろうが、自分が大切にしていることはこうだ、とか、自分にとりこのようにしてストーリーが生まれる、といった体験は確かに語られている。私がここで誤解なく示すのは難しいので、その内容については本書をあたっていただきたい。私にはそういう創作の才能はないが、十分理解できるものであった。
 ルイスやトールキンのように、作品が聖書に沿っている、あるいは根ざしている、といったふうではないにしろ、上橋さんのこの本の中から、聖書の世界の色や香りを私は感じる。そういったスピリットが漂っているように感じられる。上橋さんが何を信仰しているかという情報は私はもっていないが、中学・高校・大学と聖公会系の学校で学んでいる。そこで何かがその心に働きかけたのではないか、と想像するのは、私の身勝手だろうか。その人となりを知って、ファンタジーが苦手な私も、一度読んでみたくなった。




Takapan
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