本

『精神科ナースになったわけ』

ホンとの本

『精神科ナースになったわけ』
水谷緑
イースト・プレス
\1000+
2017.4.

 コミックエッセイの森というシリーズがあるそうだ。そもそもジャンルとして「コミックエッセイ」というものが確立されているらしい。気楽に読めるはずのエッセイですら、もはや活字だけでなく、マンガでしか味わえないということなのだろうか。
 しかし、確かに読みやすい。味がある。文字だけでは伝えきれないものが、無言の絵の中にも感じられる。幅広い伝達方法であることには間違いない。いくら言葉を重ねても分かってもらえないものが、いくつかの線書きの絵だけで、ほぼ間違いなく伝わるというのは、やはり魅力である。
 そしてこの本。実に重い。重いと言えば間違いなく重い。そもそも最初の一頁、最初の一コマでずんと沈む。でも、これは私の特質なのかもしれないが、通じてしまうところがあるというのも確か。ということは、かなりよく取材してあるということだ。ふとした関心から、資料について協力を呼びかけたら幾人かの提供があり、作品につないでいけたという裏話が最後に書かれている。こうなるとツイッターの力はほんとうに大きい。ある思いつきが一つの作品になり、多くの人に影響を与えていくことができるようになるからだ。だが、私は作者が言うように思いつきなのではないと思う。常日頃の強い関心がそれを呼んだのであるし、行動を伴う長い格闘へとなっていったのではないかと思う。
 取材の話の中であった出来事や人物なのだろう。多くの、不思議な人との出会いが描かれている。淡々と、だがよく描かれている。へんに解決を図ったり、物語を紡いだりしないところが、またいいような気がした。「間」もなかなか魅せる。いい本に出会えた。
 短いエピソードが次々と紹介されていくだけ。だが、そこに、患者一人ひとりのドラマがある。その人の世界が描かれている。こういう描き方こそ「寄り添う」というものなのではないかと思われる。
 それというのも、この主人公自身が、心の病に陥った経験があり、自分もそうなのだという目の高さで、精神科ナースとして勤めていくからである。実に、これが必要なのだ。一般に患者としては、痛みと苦しみのないあなたに何が分かるのか、とナースに言いたくなることもあるだろう。いくら寄り添うと言っても、それはしょせん高いところから見下ろしているに違いないのだ。災害の被災者に「寄り添う」という言葉を投げかければ善人であることができるように思う人も少なくないし、政治家もその言葉を利用しているのが昨今であるが、自分には温々と寝る所があって、たらふくごちそうを食べる毎日を過ごしていながら、何を寄り添っているつもりなのだろうと腹が立つことがある。その憤りを、援助活動をしている自分自身にぶつけていた牧師もいたが、そういう怒りや疑問を自分へ向けることさえせず、しようともせず、する必要にも気づかずして、精一杯仕事をしていると思うような援助が、何に寄り添っているのか、甚だ疑わしい。
 主人公も痛みをもっているので、学び覚えた対処法をも活用しながらも、その場その場で患者に向き合い、理解しようと努める。その姿勢が描かれているのが、好感を呼ぶ。読者の中にも、少なからず、患者に共感できる部分をもつ人がいるだろう。心の病を自分の中に意識しない人のほうが、きっと稀なのだ。そしてまた、友人や家族に、こうした難しい対応を迫られているケースがあるかもしれない。その時には、このナースの立場で本書を読むことができよう。
 どうかすると、人間をモノとして扱いかねない医学の分野において、決してモノのようには扱えない心と向き合うというのは、難しいし、治療する側もまた心を冒されていく危険性と隣り合わせである。だが、それだけに、やり甲斐があるかもしれない。
 そういうのを、魂の配慮と呼んでもよいだろうが、それは実は「牧会」とキリスト教の世界で呼んでいる事柄である。ある牧師は、自分の説教を聞いて献金を集める当番と祈りをした良き信徒が、その週に自殺をした、という経験を、その数日後に他教会での特別な礼拝で証しをしていたという。どんなに胸が張り裂けそうな、そして自分が情けない思いをしたことだろう。牧会という中で、このマンガのナースとは比較にならないくらい多くの出来事を経験しつつ、今日もまた、先の見えない配慮を続けていることになる。教会を訪ねる人には多かれ少なかれ、精神的な問題を抱えている人が多い、と漏らす牧師もいる。教会はそういう人たちのためだけの場ではないが、福音書を見る限りでも、そういう人たちを救う使命を教会が有しているのも確かであろうと思われるからである。牧師の皆さんにも、このコミックエッセイは、味のあるものに思えるのではないだろうか。




Takapan
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