本

『マンガの描き方』

ホンとの本

『マンガの描き方』
手塚治虫
光文社知恵の森文庫
\499
1996.7.

 発行は古いと言えるが、増刷されているので入手に難くない。1977年にカッパ・ホームスで出版されていたものを文庫化したというから、さらに歴史は古い。そもそも手塚治虫が亡くなったのが、平成を迎えて一ヶ月のことだった。すべての作品は、昭和におけるものである。
 サブタイトルは「似顔絵から長編まで」とある。最初は、マンガとは落書き精神のものだとして、絵の巧拙には関係なく、描くことの楽しみが語られている。リラックスして私たちも接することができる。
 やや時代的なものを感じるにしても、用具の選び方や使い方は、今でも十分参考になるものが多い。それらを、実際に描く絵としても紹介していくので、見ていくだけでもかなり楽しめる。
 いや、このようにこれを言葉で伝えようとすることが、どんなに難しいかを覚える。この本は確かに大部分は言葉である。だが確かに図解も多い。それでも、文のほうが多い。だのに、この絵の魅力を伝えたいと思うのであり、またそれができないと思うのである。
 絵をつくるにあたっても、デッサンなどの基礎やテクニックがあるわけではない。マンガ一般への注意がなされる程度である。むしろアイディアをつくるほうに、より実践的なアドバイスが多いようにも感じられる。例題のように出しながら、その解答を気にすることもあまりなく、こういうときにありきたりのこういうのはよくない、という程度で、読者をほうっておいてしまう。四コマまんがの起承転結を否定するわけでもなく、いたってオーソドックスなことが述べられているに過ぎないのだが、おそらく手塚自身が創作のときに自分の頭に浮かんでくることや、自分に言い聞かせることなどを含めて、実際にありがちな否定的側面にも触れているのであろう。
 手塚治虫という人は、マンガについての天才には違いないと思うが、人間的に、ライバルに対する意識には、どこか常人と違うものを感じさせるエピソードが多く伝わっている。その性格は、このマンガ指南の書にも時折見られるが、もちろん攻撃的に記されているわけではない。むしろおそらくソフトな部類であろう。こうやってマンガというものの描き方を開示していく中で、自分の道、自分の方法というものを確認しているのではなかっただろうか。
 だから、あまりに型にはまったようにさえ見える方法でさえ、自分のやり方だとして王道を示そうとしているのではなかっただろうか。ストーリー展開も、その基礎を踏まえてこその見事な作品であったと言えるのではないか。
 おそらく、内容的には、小学生が読んでもそれなりに満足できる入門書となっていることだろう。ワンコインで購入できるこうした本が手近なところに用意されているのはよいことだ。これはマンガのすべてではないし、マンガの定理でもない。しかし、こうしたことを知らないではやはり描けないような何かがここにはある。
 お母さんが子どもに描いてやる絵の本質や実例までが載せられているのは、普通のマンガ入門書にはない視点であろう。つまりそれほどに、マンガというものを、誰でも近づけるものであり、誰にも取り組めるものとして愛してやまない思いが溢れているように思えてならないのである。
 最後に、教師となる人はマンガを学ぶべきだ、という大胆な主張もある。黒板に絵のひとつでも描けるような教師であってほしいということと、その注意もいろいろ具体的に示されている。素早く描かないといけない、ということだ。私はここのくだりが一番わくわくして読む節であった。というのは、私はもちろん漫画家のような腕前はないのであるが、授業の中でふと絵を描いてみるまさにその教師であるからだ。しかも必要な図解だからという意味ではなく、何も学習には関係のない、生徒の似顔絵もあるし、私自身の顔を描いて「がんばれ」とテスト中に応援するなど、しょうもないものばかりである。そして生徒は、たいていそれを喜んでくれる。いや、ギャグのためにやっているのではない。人間、視覚から入る情報のほうがうんと理解の度合いが大きいことを知っているからだ。何でも目で見たものとして把握し整理していくと、次のアイディアも浮かびやすい。
 ものを教える立場の人は、この本のいうように、絵心があるべきだと私も思う。つまるところ、この本は相当に広く役立つものである、ということになるのである。




Takapan
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