本

『マンガ 旧約聖書 1』

ホンとの本

『マンガ 旧約聖書 1』
里中満智子
中央公論新社
\1575
2011.4.

 さらに何冊か出版されているが、今回は私が目を通した第一巻の創世記のみを取り上げる。
 大御所の手により、ついに聖書が扱われた。どうしても「ドカベン」の小さな巨人里中くんが重なって見えてきてしまうのは、私の特殊な感覚であるかもしれないが、すみません、漫画家として有名であることは十分認めるにしても、作品をまともに読んだことはこれまでなかった。少女漫画はごく一部に限られるがかなり好きなものがあり、読むことがあったのだが、この大御所の作品を読んだことがなかったのだ。女性週刊誌に連載されるようなものがあったかもしれないから、そのタッチや雰囲気について少しばかり記憶はあったのだが、作品としては、失礼なことだった。
 それが今回、機会があったので、「旧約聖書」という、私もいくらか知る分野においてその作品に触れることとなった。すでにギリシア神話や日本の古典の領域などへの業績を聞いている私としては、聖書がどのように描かれているか、を見ることで一つの判断材料としようと思ったのだ。
 そもそも創世記は、物語性からすると聖書の中でも最も魅力がある個所であると言えるだろう。不思議なことに、神話という感じはあまりせず、つねに人間のドラマとしてそれは描かれている。だから奇想天外であるように見えながらも、実は自分にもそういうところがあるぞと、まるで自分が描かれているかのように感じていく不思議な魅力がそこにある。これを、マンガとしてどのくらい忠実に描いているだろうか。あるいはまた、どのように解釈しているだろうか。
 なかなかよく勉強されていると私は感じた。マンガとしての筆力については一介の読者がとやかく言うような立場ではない。見事だ。問題は、聖書についてでたらめな知識になっていないか、聖書を貶めるような悪意がないか、あるいはまた、これを読んだ人が信仰について誤解を与えるような虞がないか、というところであった。結論として私の感じたままを言うが、概ね良好だと感じた。そこはさすがのプロである。資料を十分探り、絵に描くためにもかなりの時間を使って図像を決め、適切な表現をとっている。
 それに加えて、聖書の中でぷつんぷつんと切れているような印象のある淡泊な部分が、かなりウェットに描かれているようにも見えた。その点、あとがきを寄せている方の意見ではあるが、女性としての眼差しから、心の機微を感じつつ、品格のある表現がとられている、ということに私も賛成である。その意味で、聖書が非常に分かりやすくなっているという印象である。感情的な説明が多々加えられているので、ストーリーがよくスムーズに展開していくようになっている。つまり聖書では記されていない途中の感情を、なんとか説明しようとしているように見えるし、心の流れが途切れなく続くように見事に配慮されているというふうなのだ。
 ただ、聖書は敢えて淡泊に描き、途中の流れを読者が埋めるように意図しているかのような性格もある。これをしばしば信徒は「霊的」と言う。理屈ではない。理屈では決められない。しかし、ただの感情ではない。神の支配を受けている者が分かるであろうような、神の愛に動かされるかのような理解の仕方をするのがクリスチャンである。また、それは時に一様ではない。穴埋めの答えについては一つに決まっているとは限らず、別解がいろいろあるという場合がある。それは、クリスチャンの信仰の度合いや経験、あるいはその時の状況や心情によるのである。ところがマンガにおいてこの穴埋めを、非常に品格があるとはいえ、一つのものとして埋めて描いてしまっているものだから、もし聖書を知らない人がこのマンガを読んだら、聖書にはそう書いてあるのか、と誤解してしまう可能性がある、それを私は懸念している。聖書を十分知っている人が読めば、ここは聖書の通りで、ここは作者のオリジナルな解釈で進めている、という区別が分かるだろう。そのように感じながら楽しんだらよいのだ。しかし、聖書には何が書いてあるか知りたい、という思いでこのマンガを見たら、聖書に書いていないことを、書いてあるのだ、と理解してしまう部分があるわけだ。
 だから、ぜひまたこのマンガをきっかけにして、実際に聖書を読んでみてください。聖書を読みやすくすることは確かだろうから、いきなり読むよりはきっと頁をめくる指が軽いことだろう。そういう役目を背負ってくれたとしたら、これまた作者に感謝である。心理描写に傾いている感があるが、そこは承知で私たちも読んで楽しませてもらうとしよう。ちょっと、価格からするとハードカバーだから仕方がないにしろ、やや高く感じるので、いずれまた文庫版などが出て来ることも期待される。
 だから、「人の心」という点に注目し、またそれを意識しながら、マンガを楽しんでもらったらどうだろう、というのが私の見解である。




Takapan
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