本

『心を神に』

ホンとの本

『心を神に』
加藤博道
聖公会出版
\2500+
2016.6.

 礼拝への思索と実践。副題にそう記されている。非常に堅い雰囲気を与える題名である。確かにそれはそうである。挿絵ひとつない。たっぷり読ませてくれる。
 本書は書き下ろしではなく、他誌に掲載したものを集めたものである。
 刊誌『礼拝と音楽』から半分以上が取られている。音楽的な話題が多い本ではあるが、その題の半分は「礼拝」であるから、礼拝論も多い。本書に収めた記事文は、礼拝についてのレポートとなっている。若干の用語統一や口調は整えているが、内容は基本的に変えていないという。15年間にわたり寄稿したものなので、著者の中ではずいぶん昔のものと思えるものがあることだろう。内容は、信徒一般に向けて、礼拝についての洞察を深める話題であり、本書の真骨頂というところであろう。ここから確かにいろいろ教えられることが多かった。
 続いて、聖公会神学院の紀要に寄稿した論文がある。これはやや専門的な部分が多く、話題も特殊な項目であった。通じた人でなければ読み解くのは難しいことだろう。私も、内容に引きずられるようにして、そうですか、と思いながら読むしかなかった。
 最後に、「本のひろば」という、キリスト教の小さな書評誌に寄稿した、本の紹介のような文が集められている。
 このようにして、著者の仕事を集めてひとつの形にしたという色合いの強い本である。
 聖公会の礼拝プログラムは豊かであると聞く。立ち会ったことはないのだが、歌が多く流れ、礼拝がひとつの物語のように流れていくようなイメージを私は抱いている。だから、プログラム構成と、その動きというものが重要になることだろう。いつも慣れている人は当たり前のようにそれに参加していることだろうが、ではどうしてそのような順番になっているのか、そこでこうなるのはどうしてなのか、といった意義づけは、すべての人が心得ているかどうかは分からない。だが、これだけの歴史のある団体でもあるし、わざわざカトリックから独立して、しかしカトリックの方法を継承するように受け止めてきた巨大な組織である。そこにはそれだけの神学が築かれてきたことだろうし、深い意味と信仰をこめたものがあるに違いない。
 そうした背景や内容について、本書は必ずしも分かりやすい入門書となっているわけでもなく、学びやすいように配列されているかどうかも分からない。読者としては、一つひとつの論文を味わう、まとまりのある読み方をすることが求められる。だからあまり一度に読み進め泣ければ、と考える必要はない。その話題についての深い考察を受け止めて一区切りずつつけながら、時に気に入った内容のところから読んでもよいはずである。
 私は、57頁の、ひとが礼拝を通じて変えられていく過程というものに心が留まった。これは知らないことではなかった。だが、聖公会がひとつの礼拝の流れで明確にひとの心を動かしていくイメージを有しているということに、改めて気づかされた。プロテスタントでは、司会者や説教者が演ずる神の側のことばと、会衆との応答があることで、神とひととの交わりの意識はたぶんあるだろうが、ひとが礼拝の初めから終わりへ向けて一定の階段を上がっていくようなイメージはあまり強くなかったかもしれない。この辺り、雑誌掲載という誌面の都合もあり、説明は簡潔である。あまりくどくどと述べておらず、それだからすっと進んでいってしまうのだが、素っ気なく説明された背後に、もしかするとかなり著者の熱い思いが隠れているのかもしれない。上手に読まないと、大切な部分に気づかずに通りすぎて行きそうである。
 だからやっぱり、礼拝においてはもちろんのこと、礼拝を語る本書においても、心をしっかり神に向けて、よく聞き取るようにしていかなくてはなるまい。また、礼拝ということについて、なんとなく毎週同じように過ごしていくということへの、やはり反省の思いも抱いていかねばなるまい。なによりも、新しい歌を主に向かって歌えとあるように、新しい気持ちでつねに礼拝をしていきたいものである。




Takapan
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