本

『きな子』

ホンとの本

『きな子』
ひろはたえりこ文・構成
浜田秀哉・俵喜都脚本
汐文社
\1470
2010.6.

 タイトルは長くは「見習い警察犬 きな子 〜圭太の物語〜」となる。小学校中学年くらいからだとほぼ誰でも読めるくらいにふりがなが振ってある。時の大きさや行間なども読みやすく、教科書の感覚で読み進められる。
 直接犬を描くのではなく、また、苦労する警察犬訓練士の視点で描くのではなく、それを傍から見る少年の視点で終始描いている。子どもが読むに相応しい視点である。共感もできるし、この圭太くんの迷いや悩みのようなところも、共有しながら大人の様子を感じていくことができる。
 犬の訓練所。家が訓練所である。圭太くんは、住み込みの訓練生を見守る。ここへ現れた杏子さん。しかし、「杏」は「あん」と読むと思い込み、当初「あん子」さんだと思っていた。まだ十代のこのお嬢さん、選んだ訓練犬の名前は、その色あいから「きな子」となった。ますます圭太くんは、「あんこときなこ」という取り合わせを喜び、圭太くんの視点では、最後まで彼女は「あん子」さんになってしまう。
 彼女の父親と、圭太くんの父親との間につながりがある。警察犬に対する思い入れからも、明確な背景と熱い思いがある。圭太くんは、将来自分が何をするのか迷っている。料理が得意だが、果たして自分も訓練士になるのか。この揺れる心の中で、一途な訓練士を見つめるものだから、そしてまた、圭太くんの友だちで写真に一途な子がいたりするものだから、ますます自分の不安定さに不安をもつ。こうした圭太くんの問題を視点側に有しながら、親との関係、妹との関係、そして何よりもあん子さんを理解する思い、それは妹からはからずも「恋」ではないかと指摘されるのだが、たくさんの側面を掠めながら物語は進んでいく。よくできた話である。
 実はこのきな子、めいっぱいドジなのである。訓練犬として失敗をくり返す。自信をなくしたあん子さんは、一度訓練所を辞めて出て行ってしまう。しかし、きな子はあん子さんを慕っていた。ある災害を巡り、再び彼らは結びつく。あん子さんは訓練所に戻ってくる。きな子はさらに頑張るが、惜しいところでの失敗で、まだ一人前にはなることができない。
 サクセスストーリーではない。だからこそまた、未熟なままの圭太ときな子とが重なり合う。将来どうなるのか。これからどうしたいのか。でも、くよくよしているわけではない。次の世界に踏み出そう、という気持ちが溢れる中で、「突き抜けるような青い空に、きな子の元気な鳴き声が吸いこまれて行った」と、話が結ばれる。
 勇気の出る話とは、何もヒーローが超能力を使って勝ちまくる話とは限らない。やたら手から光線が出て相手をぶちのめすのが、やる気を出させるものでもない。等身大で、失敗や不安ばかりの中でも、心が自分の中から動き始めていくようなストーリーが、ここにある。子どもたちに、触れてほしいと思う本の一つとなった。




Takapan
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