本

『お金さえあればいい?』

ホンとの本

『お金さえあればいい?』
浜矩子
高畠純絵
クレヨンハウス
\1300+
2016.3.

 子ども向けの経済のはなし。「大人は知らない・子どもは知りたい!」と頭に着け、「お金さえあればいい?」というタイトルに、さらに「子どもと考える経済のはなし」と表に掲げられている。その通りの内容である。絵も親しみやすく、子どもが手に取りたくなるものである。できれば、この「経済」にもふりがなを打ってほしかった。子どもの視線からすると、そこがキーワードになるかもしれないとも思うからだ。
 全部で64頁。出版の常識に適う数字で、文字の大きさもほどよく、フォントも配置も、よく考えられている。ふりがなの打ち方からすると、小学校上級生を考えているのかと感じるが、内容的にもそれはそうかもしれないと思う。だとすれば「経済」のタイトルも、だいたい通じるだろうということなのだろう。ちなみのこの「経済」についてのふりがなは、「はじめに」の冒頭に一箇所あるだけである。
 この「はじめに」で、経済のことを「人間の営み」と定義し、それをテーマに本書は進んでいくことになる。これは、「経済」の言葉の意味を考えるとき、確かに適切である。普通大人たちは、経済というと、お金の話だ、と片づけてしまう。本書の題もまた「お金」を表に出している。もちろんそれはそれで正しい。しかし、「経済」は周知のように「世の中を治め、人民を救う」ことを意味する経世済民から誰とはなしに定められた訳語であり、その原語はギリシア語の家の管理あるいは家政という考えを表す語である。そのどこにも、つまりはお金のことである、という定義はない。その意味で、本書の「はじめに」の2頁の中に、一度も「お金」という言葉が登場しないのも、決して奇策であるとは言えないであろう。
 そもそもお金とは何か。貨幣とはどうして生まれ、役立つのか。子どもたちに向けて、そこから話を始める。小学生にも分かりやすい例や語り、そして理論を用いて、告げてくる。こうした手腕は、語る者自身がよく分かっていないといけないことや、語り方を心得ていないといけないことなどを要求し、決して簡単なことではない。いやむしろ、最も難しいことであると言えるかもしれない。
 本全体は「お金」「経済」「地球経済」の三部に分かれ、ミクロ的視点からマクロ的視点へと拡がっていくように配慮されている。まずは自分の等身大の生活の中でのお金とはどういうことか、そしてお金に振り回されない生き方というものがあるのだということを問いかけていく。子どもたちは正直なもので、大人の価値観を基本的にそのまま受け容れて当然の真理として学習する。エコノミック・アニマルという言葉はかつての死語であるかもしれないが、もはや言われないほどにまで定着してしまっているのかもしれない。それは子どもたちにもそうである。お金がいくら儲かるか、という点で、勉強をするかしないかも測ったりするのを見ると、そのように思う。
 結局は、絵に描いた理想を書いているだけではないのか、と非難が来るかもしれない。なんだかんだ言ってもお金が欲しいではないか、と言われれば、それもそうである。しかし、お金を第一の目的としない生き方が推奨されているが、それは確かに可能なのである。そんなばかな、とお思いだろうか。私の経済生活は、本書の内容と酷似していると思われるからだ。実際これに近い考えを以てここまで生きてきた人物があるということだけでも、本書の主張が必ずしも絵空事ではないというとの証明にならないだろうか。
 本書の政治的な主張をそのまま受け容れる必要はない。だが、立ち止まって考える価値はある。実は内心そのようなことを考えていた、という人の心を目覚めさせ、自身を抱かせる可能性もあると思う。子どものまだ柔らかな心の中に、ひとつのイメージを形づくるためにも、もちろん本書は使われてよいと思うし、金に仕えるのが人生だと思い込んでいた、という後悔をしないためにも、役立つものであろう。だがまた、どこか疑問を感じながらも、仕方ないと金のために明け暮れていた大人たちに対しても、立ち返る道があるのだということを教えてくれる、そういうことのために役立つものでもあるのではないか。子ども用の本ではない。誰にも開かれている本である。その意味では、大人こそ、どうぞ。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります






 
inserted by FC2 system