本

『書き出しは誘惑する』

ホンとの本

『書き出しは誘惑する』
中村邦生
岩波ジュニア新書763
\840+
2014.1.

 魅力的なタイトルである。このタイトル自体が、本の内容をずばり示している、ということについては、読んでいくうちに分かるような気がする。副題は「小説の楽しみ」という。古今東西の小説の「書き出し」を集めている。ただ集めたのではない。その効果を示し、また自由に鑑賞していく。そして、書き出しの魅力を共に味わっていこうというのである。
 たしかに、有名な書き出しをもつ小説があり、それは話の全部を読んだことがないにしても、なんだか知っているというような気がしてくるものである。また、その冒頭の部分だけで、この小説はすごい、と信じるようにすらなってくる。
 書く側からすれば、書き出しは死活問題でもある。まさにここで、面白くないと思わせて本を放り出されてしまったら、本が読まれない・売れないということになってしまう。逆に、書き出しで「おや」と思わせて、読ませていくことになれば、また次の作品を期待してもらえるかもしれない。最初が肝腎なのである。
 だから、小説の冒頭は、最初にまず書かれるものではない、という人もいる。また、ワープロのような編集機が使えなかった昔日においては、作家が、話の初めを少し書いては気に入らないからと原稿用紙を丸めて捨てる、といった構図が、作家のイメージとして広まることになったものである。
 もとより、これは著者の好みによって集めたものである。客観的な基準があって、冒頭の分類をしたものではない。しかし、何らかの方針で同類として集めたものが小さな章を作っている。小説の冒頭が、笑ってしまうもの・事件がまずあるもの・アフォリズムが切り込んでくるもの・手紙から始まるものなどと分けられて集められている。非常に読みやすい。驚いたのは、会話で始めるのは実は難しいと書かれてあることだ。短い作文でも、まず会話から入るのはちょっといいものだ、とよく言われている。だが、小説にほんとうにそれを出してくるのは、簡単なことではない、と著者は説明している。それが登場人物の正確や立場を物語り、しかも不自然でなく必然的にそこになければならないと思わせるような書き方をするには、そうとうの経験やセンスが必要であるのだろう。
 こうして、これは短文のための文章入門のようにもなっているような気がする。単に「へぇ」で終わるものではないと思う。
 古今東西とは言ったが、外国の小説の書き出しを、原文でここに持ちこむことは、ジュニア新書の立場上難しい。そこは日本語訳を用いているし、それでよいわけであるが、面白いのは、その日本語訳の相違についても触れているということだ。つまり、原文が同じ小説であっても、日本においては様々な訳で知られているという場合があるのである。その意味では、その小説は、自国においては一種類でしかないが、他国においては何種類も出ているということになる。ファンが別の訳を購入すれば、同じ人に福数冊買ってもらえることになる。
 また、最後のほうにクイズがあるのだが、3つ題名を並べて、どの題名が読んでみたいと思うか、とアンケートをとってみたという話だ。それらは、まるで関係がないような3つの題名で、どんな内容だろうと想像をさせ、楽しみにさせるものや、だいたいこうだろうなと思わせるような部分をもつものもあるなどして、どれもそれぞれ何かしら魅力があった。だが、種明かしがあり、実はそれらは皆同じ小説を違う訳者が工夫して付けたものであるのだという。私はなんとなくそんな気かしていたが、やはりびっくりするものだ。タイトルは、書き出し以前に、読者を惹きつけるか突き放すかを決めてしまう要素である。その意味で、タイトルというものは、書き出しの最先端であり本質であるともいえる。
 だから、この本のタイトル『書き出しは誘惑する』は、題名自身が、誘惑する書き出しであったのだ、というのが、著者が読者に気づかせたい一番のことなのではないか、と私は思っている。




Takapan
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