本

『価格の向こう側』

ホンとの本

『価格の向こう側』
西日本新聞ブックレット23
西日本新聞社
\499
2009.8

 新聞に連載された記事をまとめたもの。「食」をテーマに、福岡を中心とする社会に大きな影響を与えてきたといえる。今回はその「食卓の向こう側」特集の第12部として出版された。ネットで公開している記事であるため、新聞購読者ならずとも、また本を買わずとも、読むことのできる記事である。グラフも、本より却ってカラーで見ることができる。だが、こうした背景があってもなお、このブックレットは売れている。ワンコインで買えるという気軽さと、グループで読み合うようなテキストになりうるということ、その他いろいろな理由があろうか。地元の事情がそのまま反映されているせいもあり、人気である。
 食生活のおかしさは、人間を構成する要件の崩れにつながる。歯が悪ければ健康に影響するように、そもそも食が悪くなれば体が、そして頭脳が冒されていくことも当然であるかもしれない。その食は、たんに添加物がどうの、などという段階ではない。私たちがついつい日常手を伸ばす安いもの、そこに何か問題はないか、と迫ってみたルポの集まりである。
 西日本新聞といえば、かなり思い切ったスクープに手を伸ばしがちだとしても知られている。かつては地元球団の恥部をわざわざすっぱ抜き、痛手を与えた。それは、もっとよい球団になってほしいという新聞社の意図でもあったが、事実上球団をかき回すことにもなった。それが悪かったなどというつもりはない。地元だから悪を隠すなどということより、よほど長期的にはよかったのだろうと思う。そういう新聞社だということである。フジのグループに成り行き上属しているが、それが不思議なくらい、革新的だと言えようか。決して右寄りというわけではない。この食のシリーズも、思い切った企画で迫っていて、話題とされている。
 消費者は、一円でも安いものを、と考える。他方、同じ街には、生産者もいる。大手スーパーに叩かれ、泣く泣く値を下げなければならない事情の中で、今回の企画の象徴は、ごはんが一杯30円もしない、という指摘である。これだけ安く買っておきながら、まだ安さを求めている。コンビニでそれの4倍もする値段を出してコンビニを繁盛させる。しかしそのコンビニも、期限切れで廃棄処分をする「モノ」が大量にあり、その分も見計らって価格をつけているので損はしないが、見かねた現場が安売りしようとするのは禁じている。
 様々な、「?」と思われることを、表に出す。これが、ジャーナリストの仕事ではあるだろう。今回は、食が健康に与える影響を中心に据えるようなことでなく、価格という経済的な問題を軸に迫っている。現場の取材が多いので、ある場合には非常に特殊な例を取り上げていることがあるかもしれない。後は、読者の判断である。時折センセーショナルになるこの新聞社の傾向をも鑑みて、冷静に自分の生活や社会全体、あるいは未来というものについて、考える素材としたいものである。その意味で、巻末に、読者からの反響やその後のディスカッションを掲載しているのは、一つのよい材料であるとも言える。それがまた、煽ることを助長する働きをする場合もないとは言えないが、新聞社の記事とそれに対する他者の声とが交錯する、いわば双方向の内容をここに見るとすれば、インターネットとはまた違うにしても、新しいオピニオンのあり方を提案するものとなっているかもしれない。
 一つ改善しては、と思われる点に触れる。それは、この新聞記事がいつ掲載されたか、の記述がないことである。──いや、あった。扉や巻末などばかり探していたら、違った。読者の声の始まるところ、つまり本の中途に、本文の一部としてさりげなく書かれていた。さりげなさは恰好いいかもしれないが、一体これはいつの事情なのか、いつの事実なのか、と後で調べたくなる人が現れるのは必至である。その時、すぐに分かる場所に明示しておくことは、大切なことではないかと思う。
 これは今年売れて話題になればそれでよいという本のつもりで出版したのではないはず。食を、使い捨てやその場凌ぎのものと捉えている社会を批判している内容をもつ企画であり本である。このブックレットもまた、使い捨てやその場凌ぎのものでないとするためにも、そういう長期的な視点から配慮してほしかった。




Takapan
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