本

『福音の歴史化と回心の神学』

ホンとの本

『福音の歴史化と回心の神学』
野村耕三
新教出版社
\2678
1988.4

 古い本だと言えるだろう。教会で見つけて借りて読んだという具合である。現在一般に入手可能なのかどうか、分からない。
 牧師であり、大学講師でもある著者が書いた論文をまとめたようにも見える本であり、内容は相当に学問的である。しかし一冊の本としてのまとまりを計算して記されており、タイトルにあるように、まずは「福音の歴史化」、次に「回心の神学」という二つの幹をもつ樹のように描いてある。
 福音が福音であるのは、それが歴史の中にあった事実だからである。誰かが天からの声に示されて見た幻を綴っただけでキリスト教になったのではない。そういう信仰に立つのがキリスト教である。しかし、著者ならずとも、この日本において福音がどのように受容されたのか、あるいは受容された日本のキリスト教には、独特の部分があるのではないか、など、日本における福音という問題について、きっとや考えてみたくなるものである。そこに、自分がこの日本で伝道していくときのヒントが隠されていると思うからでもある。
 この問題を、まずは正統とは何かというところから考え始め、パウロの時代に始まり歴史の上でも有名ないくつかのターニングポイントを辿りながら、論じていく。そして途中から、日本人への福音宣教の問題に絞った形で展開していくことになる。そのとき、「和魂洋才」というふうに、日本が本物の形を借りるもののその内実は受け容れず自分の魂を着せていくという共通した歴史的特性にも気づいていくようになる。
 明治期以来の幾人かの鍵になる人をも取り上げ、それらの人の位置づけも行っている。それは、歴史上の事実を辿って、その人の福音理解というものを表に示していく。
 後半は、回心ということをテーマとするが、日本人の神観を明らかにすると共に、韓国との比較も試みることになる。
 霊的な表現や感情的説明を施すのではなく、あくまでもこれまでどういうふうに見なされていたか、の説明である。終わりのほうでは、やや教理的なまとめのようなものもなされており、知識ある人の著述からは大いに学ぶべきだという見本のようになっている。
 それでも、信仰という部分とこの日本での歴史的事実とを、なんとか結び付けて説いてみたいという著者の願いも感じられるようで、やはりこうした探究もまた、一つの信仰の土台を有したものとなっている。
 こうした役立つ書籍を、もっと多くの人が手に取ることができるようにするとよいのでは、とよく思う。本の装丁もそうだし、内容もいくらか易しく書くことができるか、ということもそうである。さらに、価格も、と思う。




Takapan
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