本

『キリスト教の自己批判』

ホンとの本

『キリスト教の自己批判』
上村静
新教出版社
\997
2013.10.

 著者について、詳しくは存じ上げない。最近出版物がいくらか出て知られている。思い切った発言をなさっているようだ。その著書については、だから情報は薄い。少なくとも私はよく知らない。ただ、キリスト教を知らない人に、わりと人気があるようだ。従来言われなかったような点、とくに現代の世界を暴力的なものとして捉えてそういう視点から聖書もそうだと提示するやり方が、分かりやすいと思わせているのかもしれない。
 ユダヤについての学識高い学者でもあるから、言葉の奥に深い調査があり、専門性がある。そこについて言われたら素人には太刀打ちできない。だが、信じる者が信仰の立場から発言することが批判されるとすれば、別種の信念を基に史料を提示するということも、必ずしも適切ではないように見える。現代アメリカの政治的方法や、原発設置の事態などは、聖書の根拠になるほどの出来事だと言えるのかどうかは疑問である。
 この本は非常に小さな本である。1ページあたりの文字も少ない。それでいて、非常に広い守備範囲をもっており、多くのことに言及されている。だからこそ、背後に多くの史料的な裏付けもあると言えるし、研究成果が支えているのだろうとうことも分かる。議論は、よけいな肉を削ぎ落として、実に柱となる命題ばかりを並べたような重さがある。著者が意識しているかどうかは知らないが、ウィトゲンシュタイン風な書き味のようにも見える。著書としての分量も考慮してのことかもしれないが逐一論拠を提示しているわけではない。しかし、焦点がぼやけているわけではないというのも分かる。私がそれを掴めているかどうかはまた別問題なのだが。
 聖書講座のレジュメを文章化したものだ、という「はじめに」にある通りなのだが、新教出版社から出された『旧約聖書と新約聖書 聖書とは何か』に関するテーマからの講座を舞台にしてい。おそらくこの著書とリンクしているのだろう。あいにくそちらを知らないので、無責任なことも言えない。
 教会をも批判し、よりよいものにしていくことに、キリスト者の責任と任務とを覚えているという著者である。立場をも明確にしている。それは国家的な姿勢とも重ね合わされて理解されるべきだ、としている。だから、やはりこの聖書理解は、国家理解や政治理解と強く結びついていると言えるであろう。ひとつの大切な視点ではある。
 聖書のように、その成立の問題から文明の問題、そして歴史上の影響や民族、そして現代世界の原理として貫かれている本は、一側面からだけで本質を突くということは難しい。いや、不可能だろう。それでいて、個人的な心の拠り所でもあり、素朴な救いと生活の中に根ざしたものとして、ひとりひとりの捉え方まで想定すると、とても論議できるような相手ではない。しかしそこを手際よく料理するかのように見せるとなると、ああ聖書はやはりそういうことか、と、外部の人の中には深く共鳴する者が出てくる。何にしても、思い切った切り口はすぐに分かりやすいのである。著者の人気も、そのあたりに秘密があるような気がする。
 これはだから、ただの印象であり漠然とした感想に過ぎないのだが、キリスト教をただ「暴力」という一面で退治しようとするかのような声が響き渡る本に触れた気がして、残念でならない。著者が、聖書の外から眺めて聖書を掴みきったような気持ちでいるのかもしれないが、釈迦の掌の上を飛び回る孫悟空のように、まだ大きな存在に自分として対峙していないのかもしれないかのような暴れ方に見えて仕方がないのだ。おりこうさんな信徒であるばかりがすべてではないと私も思うが、この著者自身がどういう救いの体験をしているのか、それが伝わってこない。批判は痛みを伴う。しかしその痛みが届かない。つまり、著者はどこに立っているのか、それが神の前であるというふうには見えてこない。お叱りを受けることだろうとは思うが、なんだか可哀想な感じがするのだ。
 キリスト教や教会組織を形成してきた人間の歴史の中に、大いに間違いや人間本位の思い込みや罠があったことを、認めない気はさらさらない。そして今この自分さえも、とんでもない誤りの中で加害行為をしている可能性を否定できない。だが、自らの罪と赦された喜びとにより、くじけないで歩んでいくことについてまで否定するつもりは私にはない。著者もまた、自分が同時にその「暴力」をなしているのではないか、という顧慮をどこかでもっているのかどうか、この本ではそれが分からなかった。私の目には、この本はこのままでは、その気になって賛同する人を煽動するような営みに満ちており、ちゃちな暴力のように映って仕方がないのだが、それは私の目がただ歪んでいるだけなのかもしれない。ただ、著者にはこの自省がどんなふうにあるのか、そこが知りたいと思った。




Takapan
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