本

『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』

ホンとの本

『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』
池上彰
文春新書814
\840
2011.7.

 分かりやすく解説する、ということを使命にした著者が、ついに宗教についても説明した。となると期待できるかもしれないが、著者自身は、自分が宗教思想そのものについてはいうなれば素人であることはよく自覚している。この本が誠実であるように感じられるのは、その点であろう。
 実は、著者は子ども向けに、世界の宗教について分かりやすく解説した本をもすでに執筆している。世界の政治や経済を解説する中で、その国の人がどうしてそういう考え方をするのか、というところに立ち入る必要が起こるとすれば、必然的に、その国がもつ宗教的背景について触れなければ解説すらできるはずがない。そのような必要性からすれば、著者の宗教についての知識は敬服に値するほどに広く、正しい。ただ、それを知っているということと、体得しているということ、あるいはそのように生きているということとは、また別の問題である。だから、著者はいたって謙虚にこの本において、幾人かの宗教者に宗教について問いかけ、質問をしている。いつも解説をする立場の人が、聞き役にまわるというのは、私などからすれば珍しいように見えて仕方がない。
 宗教に何らかの注目が集まっていることを、著者は見抜いている。その理由を、団塊の世代が老齢にさしかかってきた点を繰り返し挙げている。死を見ようとしない風潮の中でも、否応なく、死を意識しなければならなくなってきたのだ、というのだ。しかし、改めて仏教を思い出したとしても、その教義なり内容なり、まるで知らないというのが実情であることに気づく。果たして人は宗教に何を求めるのか、そして宗教とはそもそも何であるのか。これを、各宗教の代表者を幾人か選び、インタビューしていく。代表者とは言っても、決して権威ある代表者であるわけではない。むしろどこかはみ出し者であるような人が選ばれているように見える。これまでの通常の伝統的な、あるいはまた単に世襲的な宗教をこなしているような人ではなく、新たな道を模索し、従来考えられなかったような試みを始めている人をも選んでいる。だからこそ、宗教の何が今問題であるのか、問いかけていく力がそこにあるのだと考えているかのように。
 著者のネームバリューもあり、かなり売れていると聞く。これもまた、宗教に関する感心の度合いの問題であるのかもしれない。それでも、ただ解説をしてほしいというのではなく、生き方、そして本の帯にも書いてあるように、実はそれは「死に方の予習」であるという意識が、世間の中に芽生えて、あるいは必要とされているような事を示すのであるのかもしれない。
 宗教は、死を扱う。しかしながら、それは表裏一体の生のためでもあるだろう。インタビューする幾人かのメンバーは、しばしば自分の体験を語る。自分にとり、何があったから宗教に深入りするようになったのか、明らかにされる。宗教は単なる理論ではない。自分自身の生き方やあるいは人生そのものがそこに反映される。それを含めての宗教であり、宗教学であるはずなのだ。
 キリスト教についての代表者が一人である点、またその一人がわりと特殊な一人である点が少し気になるが、概して本全体としては、日本人に提供するのにまずはほどよい選択となっているかもしれない。仏教にしろ神道にしろ、果たしてここに紹介されている理解が正統的であるのかどうかは疑問にもつべきかもしれないが、この日本という場を考慮して、それらはそれぞれ意義あるものとなっていると言えるだろう。
 しかし、脳科学として発言力のある養老孟司氏が最後に語るように、日本人には一神教はなじまないだろうという反面、一神教の分かりやすさというものが若い世代に受け容れられているという面とが、やや謎めいていて興味深い。キリスト教を伝えるという立場の信徒であるならば、やはり一定の知恵を以て、ただ聖書に従って伝えればよい、という意識から脱することが望ましいと思う。その「聖書に従って」という従い方そのものが、今日本における私たちの暗黙の了解や前提に基づいてのものに過ぎないということが大いにありうるからである。私たちが「聖書的」と理解するその理解の仕方そのものが、非常に限定的で偏っているという可能性が当然あるものとすると、新たな時代に新たな伝え方や捉え方があることを単に危険視することは相応しくないと考えられるのだ。
 ところどころ、キーワードについてはコラムの形で解説も入れてある。この辺りも、池上氏らしい配慮である。本としての読みやすさや分かりやすさについては、類書に比較して遙かに優秀である。そしてこれを入門書にして、さらに深く立ち入って調べたり考察したりしてもらいたいという著者の謙虚な姿勢は、まさにそうでなければならないという正当な将来を示していると言える。
 内容をそのまま全部信用してしまうというには難があるかと思うが、いろいろ自ら考えようと志す人にとっては、よい刺激になる一冊であろう。思いこみに走らず、こうした世界についていろいろ思いを巡らしてみるのは、意義あることとなるであろう。




Takapan
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