本

『イグアナの嫁』

ホンとの本

『イグアナの嫁』
細川貂々
幻冬舎
\1260
2006.12

 これも、マンガであると言ってよいので、ここで取り上げてよいのかどうか、微妙なところかもしれない。なにも、マンガには触れないという意味ではないのだが、マンガを紹介したり評したりということは難しいと思うのと、ちょっと域を踏み出すかな、という懸念をもっているためだ。
 ここでは、応援するつもりで、このイグちゃんについての愛情あふれる物語に触れてみようかと思う。
 生活の中のありさまをマンガという形で呈するのは、エッセイに近い感覚なのかもしれない。それを言語という枠でなく、感覚的な絵を交えて示すのである。心の中の戸惑いも、もはや言葉ではなく、視覚的な要素で伝えようとする。これに馴染んでいくと、なんとなく共感できる、つまり快いという感情か、その逆かで振り分けられていくことになる。それはある種怖いことではないかと思う。議論であれば、説得や納得もあるだろうが、感情となると、好悪は変更不可能に近いからだ。つまり、一度定まった感情は、有無を言わさずそれを肯定してのみ継続していく。言語における修正作業というのが機能しないと、時代の空気は一度に変貌してゆくかもしれないという危惧である。しかも、誰かに意図的に操作されて……。
 話が外れた。イグアナを飼うことになった経緯から始めて、タイトルにある、イグアナの嫁を迎え入れるまでの物語が、毎回ほぼ2頁の短いエピソードをつないで展開される。イグアナのこともよく紹介されているが、主眼は、イグアナによって支えられている夫婦の、山あり谷ありの生活を示すことにある。もはや創作の域で活躍を拒まれたマンガ家が、私生活を売っているように見られても仕方がないかもしれない。
 だが、そこには、ブログを読んでいるような共感が生まれる。読者は、自分にも、あるある、と思い、また、自分よりもこの本の方が厳しいと思い始めると、がんばれ、と応援したくなるのである。
 一つ、分からないことがある。幾度も繰り返し説明されるのだが、イグアナに名付けられた「イグ」が、ラテン語で「おろか」の意味だ、という説明が、寡聞にして分からないのだ。「イグノーランティア」が確かに「おろか」に近い――英語でもイグノランスとある――が、「イグ」というのが分からない。ご存じの方は教えて戴きたい。




Takapan
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