本

『もし20代のときにこの本に出会っていたら』

ホンとの本

『もし20代のときにこの本に出会っていたら』
鷲田小彌太
文芸社
\1260
2011.6.

 哲学教授として著名な著者の読書論である。その方面でもすでにいくつかの著書があるが、ここでは「後悔しないための読書」と添えて、若い人々へ読書の醍醐味を語ろうとしているかのようである。いや、とにかく本を読むのだ、そこにはどんなによいことがあるか、あるいはまた、それをしないと後でどんなによくないことになるのか、その辺りを、老婆心からではないだろうが、先輩として囁くようにして、この本はできている。
 それはまるでお喋りのようでもある。きっちり論理的に固められた本ではない。そもそもタイトルからして、怪しい。出版社の名づけなのか本人の趣味なのか知れないが、これではまるで「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」のようではないか。学生に手にとってほしいという願いが窺えるところである。
 前半では、そうした学生に、本を読むことの意味や価値を訴えようとしている。教養の厚みが違うこと、たとえば就職したその後に差が出ることなども、学生には有効なアピールであろう。ともかく就職してしまえばなんとかなる、とか、社会人になってから本は読めばよい、などと安易に呑気に考えているような学生には、いくらかでも刺激になるだろうか。そもそもその考えは間違っている。社会人になってからは、金はあっても時間がない。学生の間は、金はなくても時間がある。時間を使う読書は、学生のときが相応しいのだ。
 しかし、昨今は大人もそうだが、学生が本を読まない。電子機器がもてはやされると、電子書籍などとも言う。著者はいささか古い世代に属するのかもしれないが、そういうのを相手にしようとは考えない。だが、私も両方扱うから言えると思うのだが、書物による読書を、電子書籍が超えることはない。情報としては端末は便利だが、ただそれだけのことである。思索には使えない。役立たない。この「考える」という営みが、ここのところ世の中では決定的に欠落しているのだ。いや、昔もそのように言われていた。これはますます、そうなっているとでも言えばよいだろうか。あまりにも自分で考えようとしない。それは、大衆がそうだというのはいわば当たり前のことなのかもしれないが、知的生産を行う人々もまたそうなのである。ともかく学生と名のつく者であれば、本とどう格闘するかは大切な過程であったはずなのだが、その学生という身分もあまりに大安売りされるに至ってしまった。
 哲学、歴史学、文学という、文化系学問の中枢をそれぞれ繙き、その重要性を指摘する。いかにも古典的な教授の説明であるかもしれない。今や従来の学問分野も再構築されねばならない時期にきている。しかし、伝統やこれまでの歴史を踏まえることには一定の意味がある。また、そうやって歴史を学んでいくのでなければ、人類は同じ失敗を繰り返す愚行に出ることになる。そうはありたくないものだ。
 教養や就職のためにも役立つ読書のアドバイスを著者は施していく。それから、青春時代、大人へのステップとしての読書などと展開するが、だんだん分からなくなっていくのは、この本の構成が、どうも無秩序に傾いていくことである。著者自身の読書趣味に走るようになるとでも言うのか、専ら年寄りが、あれもあったこれもあった、と次々に話を思い出して語るかのように、様々な読書が推薦されていくばかりなのである。そして、周恩来の政治でぷっつり終わる。そこで終わるのか、と驚いた。まとまりがついているとは思えないつくりである。それさえも、学生気質を見越してのことであれば、大したものである。この本の最後まで辿り着く学生はいないだろう、と踏んでのことなのだろうか。
 巻末に、書名の索引が載っているのはよいところだ。本としては良心的であり誠実だと言えるだろう。だが、イラストひとつ存在しない本を250頁読み進むだけの気力や読解力がそもそもあるのだったら、学生はもっと本を読んでいる。故に、元々読書好きな学生がこの本を読み終えるのであって、本を読まねばならない学生は、この本の最後にすら辿り着けないしもしかすると手にも取らない、ということになるのかもしれない。だとすると、実に皮肉な結果をもたらす。そもそも読書をする気のない学生でさえ手にとって読むであろうような、そういう読書案内であるべきではなかっただろうか。その点、宝島社の萌え系の特集構成はまだよい。イラストや図解シリーズも、相応しいものがある。活字だけが並ぶ、敬遠しがちなタイプの本の形式をとり続けているこの本のような読書案内は、ある意味で自己撞着に陥っていると言える。その辺りで、工夫はなかったものかと残念に思う。




Takapan
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