本

『ほんとうの環境問題』

ホンとの本

『ほんとうの環境問題』
池田清彦・養老孟司
新潮社
\1050
2008.3

 タイトルがなかなかうまいのだが、あまりもったいぶらないで一読者としての意見を言うと、オーバーなタイトルとなっていると思う。もちろん、それが売るための方便であるのなら、それはそれでいい。詐欺ではないか、と訴えられることもあるまい。だが、ある分野では、ルールとして、「ほんもの」と限定するような表現はいけない、とされるようだから、タイトルはセンセーショナルな響きをもたせるためだけ、と見てもよいのではないか。
 しかし、池田氏のほうは、本気らしい。かなり怒っている。世の軽薄な環境問題に対して、がんがんに否定しているのである。
 様々な形で長くだらだらと、しかしほぼ同じことを繰り返し語っているが、要するに、環境問題と今普通に言われているものは、政治問題である、ということらしい。
 たしかに、そうだろう。政治的画策なしに純粋に環境問題が論じられるのは難しいだろう。しかし、政治的な理由で作られた環境問題であるから、それは事実でない、とするのは、行き過ぎであろう。政治的な操作に嫌気がさしているのは分かるが、それほど公平に政治的条件を見抜くことができるのであれば、科学的にももう少し立ち止まってれないだろうか。しかも、科学的な見地の重要性を論じるうちに、今度は政治的条件がすべて消え去ってしまうようなあり方をするのだ。
 とやかく言う必要はないかもしれないが、論理的に破綻しているようなところは、あるように感じる。とくにアメリカあるいは中国を見据えた、環境問題の虚偽性を指摘したことは、なかなか言えないことだけに、立派である。しかし、時に極論をして、これでいいのだ、と判を押してしまうのは、やむをえない状況だとはいえ、改めていく必要のあることだろうと思う。
 聞く分にはたいへん面白い内容なのだが、これまたこの本の見かけの表現を真に受けて、突っ走っていくのは、それでよいとは言いたくない。単純なエコという名の商売が自己矛盾していることを示したのは、それはそれでよいと思うけれども、実生活上のことを考えると、自ずから限度がある。もちろん、著者たちは、環境に対する配慮のすべてを否定しているわけではないはずだし、そのような言い方も注意深く読めばしてあるのであるが、なにぶん過激な言い方が多く、環境問題が嘘っぱちだ、と叫んでいる部分が多すぎて、読者が「おとな」になって読まなければ、誤解を招くことになるのではないか、と懸念する。
 そのことは、はじめに触れたように、本の題名にも色濃く表れている。環境問題に対するもう一つの視点、のようなタイトルであったら、この本の真に提案していることが、うまく伝わったのではないか、と私は考える。別の立場の見方を提供する意義は、私は大いに認める。だが、実際につけられたタイトルでは、この本が「ほんとう」であると断じているわけだ。それでいいのだろうか。時に経済的理由と科学的理由とをうまくずらしながら用いている著者たちは、もし自分たちの提案通りにすべてが行われたときに、未来に対する責任を負えるほどの覚悟ができているのかどうか、となると、少々怪しいのではないか、と思えてしまう。




Takapan
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