本

『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』

ホンとの本

『井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室』
文学の蔵編
新潮文庫
\539
2002.1

 1996年に岩手県一関市で開かれた、井上ひさしを囲む作文教室の模様を、実況録音などに基づく編集で、ひとつの本で報告したもの。それは、井上ひさし自身が語った、「恩返し」ならぬ「恩送り」という考え方に沿うものである、ともいう。
 それが何のことであるのかは、お読み願いたい。自分が受けた恩を、その相手にではなく、また他の誰かに返していく、という考え方である。それは、かなり福音的な発想でもあると思う。ただその相手との関係だけを重視するというのではなく、社会のシステム全体に還元していこうとするものである。
 それはそうと、これは、文章教室と呼ぶほども気取っておらず、さらに基本的な文章作法としての、作文を扱うものだということが、最初に説明されている。
 いきなり極意から示されている。それは、「自分にしか書けないことを、だれにでもわかる文章で書く」ということだ。これは、たしかに含蓄が深い。これだけの短い表現で、ズバリと核心を表現すること、そのものが、すでに作文教室の目標であるかのようで、心憎いのであるけれども。
 書かれてあるアドバイスは、たしかに曲がりなりにも文章を日々書いている者にとっては、経験的にも納得できることばかりである。それどころか、自ら発案したかと思っていたようなことが、説明されていることに対して、よからぬ嫉妬心まで起こりそうな気配である。
 だが、その意味や味わいなどを、具体的に説き明かしていくことは、私などには到底できない。言ってしまえばわずかな情報量のことを、これだけ長い時間をかけて説明し、聞く者に飽きさせないのである。どんなに具体的な情報が溢れているかは、想像に難くない。もしかすると、その場で聞いた人よりも、これだけ文字で示された私たち読者のほうが、おいしいところを全部戴いていることになるのかもしれない。
 この教室の生徒に出された課題作文を、井上ひさし氏自身、徹夜で添削し、翌日にそれを朗読劇にまで高めている。それらがすべて紹介されているのもいい。どこをどのようにいじれば、文章が生き生きとスキップし始めるか、こんなに具体的に示してくれているのを見る機会も、実はそう期待できないことである。添削の実例としても、味わい深いものがある。
 そういうわけで、文章を書くことに関心があり、心を豊かにすることを望むような人は、ぜひこの教室に出席なさるがいい。話題は若干古いことがあるが、そんなことには目をつぶり、魅了される何かが、ここにあるように思われる。




Takapan
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