本

『体調不良は歯で治る』

ホンとの本

『体調不良は歯で治る』
丸橋賢
角川oneテーマ21
\740
2009.8

 ある意味で、歯が悪いことがすべての病気の源だ、のようなことを言っている本。読んでいくうちに、だんだん洗脳されて、そうかもしれない、いう気がしてくる。確信に満ちた書き方をしていることや、著者だけが真理を知っている、というような書きぶりが、反発を覚える材料になると共に、惹かれていく原因ともなっている。そういう妙な魅力は備えていると思う。
 歯の咬み合わせを正せば、さまざまな病気が治る、というのがこの本のふれこみである。日本人がだんだん細長く顎の力のない顔になっていっているのは確かなところだし、他でもよく言われてきた。当然噛む力にもそれが現れる。軟らかい食物が蔓延する中で、咀嚼力の低下も、検証するまでもないほどに確実な事実である。
 が、いきなり冒頭から「歯は人体のすべてを支配する」である。人の体は有機的につながっているから、歯は重要であるのは確かだ。しかし、すべてを支配するというのはどうも行きすぎではないのか。読者は当然、そういう感想を抱きつつ、頁をめくる。ところが、様々な臨床例や背景についての論証から、だんだんその気になっていくのではないかと推測されるのだ。
 もちろん、専門医としての知識やノウハウを全部こうした新書で明らかにすることはできないであろう。だから、人を一目見て歯が悪いということを見破るというような書き方がしてあっても、その根拠や説明を細かくすることがこの本の目的でもない。それに読むだけで治るようなことを教えてしまうとなると、自らの歯科医としての立場も危うくなるかもしれない。なかなか治療までは明かすことはないのだが、とにかく咬み合わせのために健康状態を悪くしている人は非常に多いのだ、という書き方が繰り返されていることになる。
 そもそも、健康状態が完全であるという人のほうが、世の中には少ない。だから、顎や歯の能力に問題がある人が非常に多いという事実を踏まえると、まるで歯の悪いことが病気の原因のように見えてきてしまうから不思議である。それは因果であるのか、同時発生に過ぎないのか、そこの検証がなされていないのである。
 歯は大切である。食べ物が美味しいと感じられている間は健康だ、というような言い方もよくある。人間が必要とするエネルギーの入口としての口を司る歯の重要性をいくら強調してもし過ぎることはないだろう。だが、病気もすべてをそこに結び付けようとしてよいのかどうかは、分からないと言わざるをえない。
 著者自身の虚弱な体質などの生い立ちの説明が終わりのほうにある。これは一つには珍しいことである。自分のことをこうして記して、そして自説を強調していくというのは、それほど一般的ではないと言える。それで、そこに著者の誠実さを見るような気がして、また話にひきこまれていく、ということがあるのかもしれない。
 歯の話が、いつしか文明論や教育論に発展していく。それほどに話が広がっていけば、当然論点の飛躍があるはずだ。懸命に教育のために労苦している人々に対して、一言、歯のせいです、で終わらせるようなやり方は、本来適切であろうはずがない。事象に適用できるというメリットを掲げたいために、そういう意味では、高いところに立って無理な論を通しすぎたのかもしれない。
 もちろん、歯は軽視してはならない。歯の治療をきっかけとして、いろいろな面で健康のほうへ体が傾いていく、いうことも大いにあるだろう。だが、この本の主張を鵜呑みにして、歯の治療をこそ偶像のように慕うようにならずして、歯のことも気にしながら、健康を与えられていくような読者でありたい、と思った。




Takapan
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