本

『必ず役立つ合唱の本・教会音楽編』

ホンとの本

『必ず役立つ合唱の本・教会音楽編』
松村努監修
ヤマハミュージックメディア
\1800+
2015.4.

 新刊の知らせを聞いて、読んでみたいと思っていたら、図書館に入ってきた。これはうれしかった。
 ヤマハは近年、非常に細かく区切った指導書を出版してきている。一冊で何でも賄おうとする企画は、結局誰のためにも役立たないと思われるようで、ある狭い分野に特化したアドバイスが、その立場にいる人にとり購買欲をそそるものであるらしい。この「必ず役立つ」もシリーズ化しており、吹奏楽だけでも実に細かく分類されている。このシリーズに限らず、バンドのひとつひとつのパートについて分かれた企画がいろいろ出まわっている次第である。この「必ず役立つ合唱の本」でさえ、何冊かあるようだ。
 そこへき、この「教会音楽編」である。もしかすると聖歌隊に役立つかしら、と本の紹介の印象から勝手に想像していた私は、実際に本書を開いてみて、それとは違うとすぐに分かった。完全にクラシック領域である。というより、実際に発声をするコツなどというものはどこにもなく、練習方法が紹介されているわけでもないということで、少しばかりショックを受けた。
 そうなのだ。このシリーズのタイトルである「役立つ」という言葉の意味が、難しいのだ。考えてみれば、何にしたって「役立つ」はずである。何に役に立つのかが問題であるのに、その「何に」がタイトルには書かれていない。自分の思惑で役立つだろうと購入してみたら、目的が違った、というようなことが容易に起こるのではないかという事実に気づいたのだ。
 ではこの本は何に役立つのか。まずは、マンガで軽く入る。教会音楽とは何か、について、若い人に気楽に入ってきてもらうために、冗談を交えたマンガが数頁ある。しかし続いて本論に入ると、もうマンガというものはなりを潜める。あとはすべて、専門書と言ってもよいくらいにレベルの高い解説なのだ。いや、もちろん専門書などではない。だが、専門家が数名執筆しているから、内容が高度なのだ。専門家からしてみれば、知識の表面だけをすらすらと撫でたに過ぎないような程度の知識であるだろうと思うが、素人からすれば、クラシックの教科書を見ているようで、ひとつひとつの深みやエピソードなどは期待できないが、まさに教科書にあるような、「正しい」ことが思い切りずんずんと並べられているのである。
 それと、もう一つ思うのは、実際に音楽に入るまでに、キリスト教についての解説が実に長いということだ。もちろん、音楽にまつわる話題が入っているのは間違いないが、見る限り、これは背景のキリスト教について理解しておこうという姿勢で、殆どキリスト教の紹介あるいは伝道ではないだろうかと思わせるほどに、キリスト教会の歴史が詳しく語られる。音楽と無関係に、キリスト教について知りたいと思った人も満足しそうな勢いである。その歴史解説たるや、半端ではない。
 こうしてようやく本書の後半に入る。ここで楽譜が紹介され、どのように演奏されるべきであるか指導が入る。だが、正直言って初心者レベルではない。実際にクラシックの素養があり、歌いこんだ経験のある人々が、さらにここでレベルアップをしましょう、専門家はここをこのように指導するのです、というような雰囲気さえする。執筆者にとってはそんな意図はなく、初心者に解説しているつもりであるのかもしれないが、内容的にレベルが高い。
 続いて、ラテン語の発音について詳しく語られる。本文には、ここには詳しくないから他にこういう本を紹介する、と記されているが、どうしてどうして、ここにはまとめ的に、あるいはまた具体的な実例と共に、古典ラテン語とイタリア式・ドイツ式の違いがかなり丁寧に告げられている。私はイタリア語については知識がないが、高校の音楽のときにイタリア式の発音で歌うように指導されたことがあり、違和感はないのだが、確かに同じラテン語でも、ドイツ式とは違うし、元来の古ラテン語でもない。そして、カトリック教会関係ではこのイタリア式が推奨されているという実情まで記されていて、興味深いこと限りないのであるが、かなり深いレベルでの説明が続いている。
 非常に音楽的レベルの高度な世界を味わわせてもらった。とても素人の教会聖歌隊員では学べないような内容であり、実践できないレベルのものであった。鑑賞する上であるいは小品として使えるような曲の紹介や、クラシック一般への歴史の学びとして、優れた本ではあったが、歌うために素人が役立てられるようなものではなかったと思う。
 しかし、同じクラシックでも、ここには教会音楽だけのものとして歴史が語られており、モーツァルトやベートーヴェンでも、教会関係だけの作品の解説しかされないというわけで、教会音楽とは何か、その歴史はどうであったか、という理解のためにはユニークで参考になるものであった。よく聞く用語の細かな違いなどについても解説は十分で、これは教養としてはなかなかのものである。また、教会関係の音楽の知識のためには無駄のない解説ばかりである。
 だから、確かに「役立つ」ものである。思惑は違ったかもしれないが、キリスト教と音楽について知るために、これほどコンパクトでしかも必要に応じて深めていける準備の整った小さな本はないかもしれない。見事な内容であった。




Takapan
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