本

『「しくみ」から理解する楽典』

ホンとの本

『「しくみ」から理解する楽典』
坂口博樹
ヤマハミュージックメディア
\1680
2011.9.

 楽典というと、私の学んだのは、下總皖一氏の本だった。作曲法という本だった。実に堅く、真面目だった。そもそもそういうものでなければ、本とは言えなかったのだろう。
 ではここに取り上げた本は真面目でないのか、というと、もちろんそんなことはない。今世の中にはずいぶんとおふざけめいたものもあるのだが、これは違う。かたいと言えばかたい。まず人類史における楽譜の歴史から紹介される。しかしそれを研究するのがここでの目的ではないのだから、すぐさま五線譜の読み方に入る。そして次々と本格的な楽典解説へと進んでいくのである。
 一般には、実際の曲の楽譜をたくさん見せて、実用的なものの中で理解させていくものであろうが、この本はあまりそういう方法はとらない。いくらかあるものの、それはちょっと見せる程度である。読者は様々な好みがあり、趣味もある。読者が好きとは言えないかもしれないような題材を多用しないのだ。むしろ「なぜ」そうなるのか、それに少しでもたくさん触れようとしているように見える。
 これを果たすのが、「オクターブ・サークル」というものである。平均律である以上、音の立場は12個すべて同じ立場にあるはずである。ならば、円周を12に等分し、それらの関係で図示することにより、音楽理論が説明できるはずなのである。これが最後まで用いられ、和音構成や転回関係を見事に説明していく。実に効果的な方法である。五線譜ではこれが説明できない。半音記号を用いても、ところどころ半音なのにひとつ位置が変わってしまうところがあるからだ。つまり五線譜は、平均化されていない。ところがこのサークルだと、完全に12音が対等であるため、どの調であっても、どの音から始めるのであっても、音どうしの関係は同じなのである。これは大変理解しやすい。また、音と音との関係も円の中に置かれた対角線のようなものにより把握されるため、直感的にも捉えやすい。
 途中からコードネームも説明される。だが、なんとなくジャラーンと鳴らせばよいような、ポップス目的の本とはまた違う。ひとつひとつねちっこく、理論的に理由を理解していこうとする姿勢が貫かれている。これもまた「なぜ」を蔑ろにしない態度の表れであろう。クラシックの理解を深めるために大変役立ちそうな内容であり、しかもそれを必要最小限の説明でやってしまおうとする、なかなか効率的なもののように見える。
 ただ、その分量の少なさというメリットが、具体例に乏しいという欠点をも暴露してしまう。たとえばどのようであるのか、この本だけでは分かりにくいのだ。知識は沢山提供していくれるのであるが、具体的に使うとどうなるのか、見ただけでは分かりにくいのだ。だが、それはそもそも音の世界のこと、確かに読むだけで分かるというものでもないだろう。実際にキーボードか何かを叩きながら、聞いて比較していくことがどうしても必要だろう。それはこの本の欠点と呼ぶわけにはやはりゆかないのではないか。
 簡潔な説明であっさりしすぎである。だが、だからこそ、ひととおり学んだ者が知識を理論のバックボーンに乗せようとするときには、たいへん役立つものだといえる。ちょっと調べるときにも活躍しそうだ。
 いろいろ新しいタイプの本がたくさん出てくる。よい時代になった。でも、素人が選ぶには、却って困ることになるかもしれない。一つの選択肢として、この本はお薦めするに価するとは思うのだが。




Takapan
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