本

『フォントのふしぎ』

ホンとの本

『フォントのふしぎ』
小林章
美術出版社
\2000+
2011.1.

 見て楽しい、読んで肯く、そんな楽しい本だった。
 パソコンをいじる以上、フォントについて知らないわけにはゆかない。しかし、実用的な領域を離れて、その背後にあるものをじっくり考えることは少ない。なんとなくの印象で選ぶことが多いだろう。著者は、それを否定してはいない。むしろ、感覚こそ大事だとも言う。しかし、フォントなんぞ只で手に入れられるべきだなどと思いがちなユーザー側の私たちは、反省を強いられる。フォントは、実に考え抜かれた作品なのだ。
 とにかく美しい本である。フォントが見えるようにしてあるのはもちろんのことだが、そのフォントが実際にどのように使われているのか、街角の風景から書物の一部まで、様々な実例が写真で紹介されている。なにげなく並べられているように感じるかもしれないが、そのレイアウトから大きさ、配色まで、実に考え抜かれて配置されていることが推測される。この本自体、たいへんなデザインの集大成のようなのである。
 サブタイトルは、表紙には描かれていない。背表紙には小さく見えるが、それは書店に並ぶときのためかもしれない。読む者からすれば、ようやく本の扉に、「ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?」と小さく書いてあるのが分かる。だが、それだけがこの本のテーマであるとは思えない。とにかく、フォントというものがどういう意味を以て作られているのか、何が詰まっているのか、舞台裏がすっかり見えるようにしてもらったという気持ちで一杯である。
 私は、パソコンに触れる前から、レタリングに興味を持っていた。この経験があるために、この本で告げられていることの意味は、より体験的に分かる気はする。そして、なぜそこをそのようにするのか、言われてみればそうだと納得できることが、もしかすると多くの人よりはたくさんあったかもしれない。
 だが、もちろんフォント作成者としてのプロである著者の足下にも及ぶはずがなく、あんぐりと口を開けて読んでいくよりほかはなかった。かつてカント全集のアカデミー版を使っていたが、髭文字のドイツ文字についての背景や現状について、紹介されていることは大いにためになった。また、ドイツに住まう著者ならではの、ドイツ人の筆記体の面白さなど、実に楽しめる記事が多かった。
 かつて、ワープロが出たとき、拡大文字は、四角形のドットがそのまま大きくなるというものだった。ポスターめいたものを作ろうとするとき、それが普通だった。やがて、その四角の角を結んで、少しでも斜めを作ろうする機能がついた。これにより、遠目には、ドット感は薄れたものの、どう見てもいびつな文字であった。フォントも、明朝体しか本体になく、ゴシック体がオプションで、フロッピーディスクから読み込むという代物だった。今にして思えば、大変原始的な処遇である。
 今は、思うフォントがそのまま拡大され、隔世の感がある。しかしまた、ある程度ドットに縛られた機能上、デザイナーの考えることが本当に全部パソコンの打ち出す文字に現れているのかどうか、それは分からない。やはりどこかもどかしい思いで、制作者は見ているのではないかと思う。文字間隔の取り方についても、機械は自動調節をせざるをえないため、思惑とは違うものが打ち上がってくるしかないということも多いだろう。だがまた、それを前提として、デザインしていくという時代の要請もあるのだろう。
 とにかく、角のわずかな出っ張りや角度のバランスや、文字が続くときの処理など、実に細かな点まで、フォントは工夫がされている。ひとつひとつが、その工夫と情熱の塊である。私も今、必要以上に多くのフォントをパソコンのフォントとして組み込んでおり、そのために起動が遅くなったりメモリを食ったりということになっているのかもしれないが、大いに楽しんでいる。フォントに心を傾けている制作者のためにも、大切に使わせて戴こうとつねに思っている。それを使いこなし、活かすセンスは私にはないとは思うけれども。




Takapan
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