本

『さよなら、カルト村。』

ホンとの本

『さよなら、カルト村。』
高田かや
文藝春秋
\1000+
2017.1.

『カルト村で生まれました。』が好評だったため、その続編も描かれた。中学生と高校生の時期を描いている。中等部、高等部などと言い、高等部のほうは、高等学校とはかけ離れたイメージであることが読めば分かるが、最初戸惑うかもしれない。それはたんなる農業奉仕なのである。
 人間、理想は描いてよい。できるだけその理想に近づけるように努める姿は美しい。夢を捨てて世のありかたに妥協して、流されていくのが普通である人生を思えば、他人とは違っても善きことのために邁進できる生き方を貫くというのは、美談にこそなれ、非難される謂われはない。また、どんなに社会が前進して、良い制度が採用され、人間社会が善へ向かっているとはいえ、それに甘んじることなくさらに善きものを目指すという姿勢がとやかく言われる筋合いはないのかもしれない。
 しかし、こうまで異質なものを見せつけられると、もう何が真実なのか、分からなくなってくる。このカルト村は、大きな理想の中で共同生活をしている。いわば、キリスト教会も初期はこれにどこか重なる考え方をしていたのかもしれない。ローマ帝国からすれば、反社会的な集団であったはずだ。だからこそ、迫害とキリスト教会が受け止める、そんな征伐が行われていたのである。それはローマ帝国にとっては、正義の実現にほかならなかった。
 このカルト村も、社会的非難を浴びる。人権が守られていない。少なくとも日本国内に生活をするならば、日本国の定める憲法を拒否するわけにはゆかないという正義である。しかし、中にいる人々は、いかに人権が冒されていようとも、幸福感を抱いているとすれば、外からとやかく言うことはできないのかもしれない。
 それをこの著者の夫は、いわば健全な一市民としてその村の実態を妻から聞くにあたり、しきりに「洗脳」と呟く。この夫の存在がマンガの中でかなり利いていて、台詞は実に少ないのだが、読者一般の抱く思いに重なる言葉を、効果的に呟いているので、読者は、頭がおかしくなりそうな世界の物語の中で、一瞬実の世界に戻ってくることができるようになる。
 小学生のころ、徹底的に従順を教育され、権威に従うものとして教育された子どもたちは、中学生あたりからいくらか自由が発生するあたりが、経験上の真実味を伴って描かれる。それにしても、こうした洗脳の方法は古今東西おそらく本質的には似たようなものなのだろう。戦時中の日本の皇国民教育もそんなふうなものであったのかもしれないし、そもそも兵士というものは考え方を入れかえる訓練をされるものだともいう。ただ、生まれ落ちたところから教育され続けたものは、本人は逃れようがないと思われるから、この作者の場合、もしかすると稀有なケースなのだろうか。
 作者は、告発する気持ちは全くなく、自分に合わなかったという形で村を出ることになった。この出るあたりの心理が、少し分かりにくいような気がしたが、それこそ、中にいてそれをあたりまえとして育った者のもつ心理なのだろうか。当人にはひとつの説明がついているのだろうが、読者はそこのあたりが誰にでも分かりやすいというものではなかったような気がする。それは、作者の中に、自分のやりたいことというものが芽生えたこと、それと、教えられていたこととの食い違いが明確になったということなのだろう。いわば、それは当たり前の感覚であるはずなのだが、本人が目覚めたその感動が、読者の中には体験されにくいものとなっているようなのだ。今の時代でなかったら、その感覚をもっと共有できたのかもしれないが、今はどうだろうか。人によると思われるが、案外、親のいいなりになってきた若者が、ここでハッとさせられるのかもしれない、とも思う。
 その背景には、作者が、村の規定に反して、ある先生から自由に本を読むことに協力してもらっていたことが大きいと私は思う。東西冷戦の壁の破壊も、西側のラジオ放送が東側にも届いていたことが大きい、とも言われた。情報や文化は、イデオロギーを超える力をもっている。作者が文学に触れた、大変な本好きであったことが、自分の血となり肉となった洗脳の反応の中で、何かしらそれを打開するエネルギーを与えたのではないかと思われてならないのだ。そのことは、ご本人はもしかすると気づいていないことだろう。
 洗脳されているとき、情報が限られているというのが常態である。敵国語を徹底排除した軍国教育もまた、その一つだと言えよう。いまもまた、インターネットでさえ制限をかけている国家がある。平和のためには情報の開示がなくてはならないものであることを、作者の意図とは無関係に、ここから学んだのであった。




Takapan
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