本

『コンドームの歴史』

ホンとの本

『コンドームの歴史』
アーニェ・コリア
藤田真利子訳
河出書房新社
\3360
2010.2.

 直接的なタイトル。ほぼ白の怪しげな背景に赤いそのものがでんと構える表紙。これだけで、手にするのを憚るようなデザインであるが、逆にそのための本であることが一目瞭然でもある。
 しかし、これが実にその本の内容を的確に示したタイトルなのである。それとしか言いようのないような本なのである。
 性衝動が昔の人はなかった、などと決めつける合理的な理由を私たちは知らない。もちろん生きていくために必死だったかもしれないという想像をすることはできるが、性欲がなかったなどとはとても言えないだろうと推察される。しかし、避妊法があったかというと、眉唾ものが沢山あったかもしれない。また、生命発生のメカニズムが知られていたとは言えない時代にあって、避妊の理論が成立するかどうかも極めて怪しい。それでも、史料を開くと、コンドームの原理に基づくものが使われていたことが明らかになる。本書は、そのコンドームの歴史を白日に晒すものである。いや、分かったふりなどしないほうがいい。分からない、だから調べるし、調べたその話に耳を向けるのである。
 凡そ歴史が史料として存在するほど昔の時代から、コンドームという只一点に的を絞って調査し、ここに描いた。写真などの資料やエピソードの出典については、こと細かくもたらされているとは言えないかもしれない。だが、様々な有名人や当時の発言者の名前のもとに、コラムのように幾度もコンドームに関する言葉が浮かんでくるというのは、立体的な理解を指示するかのようで面白い。
 まずはパピルスの時代に始まる。そのころコンドームというものが、あったのだろうか、と人は訝しく考えるかもしれない。確かに、私たちが目にするあのコンドームそのものがあったとは思えない。しかし、それらしきものはあったのである。まだ、精子の役割も判然としない時代である。それでも、バースコントロールの必要性が感じられると、それを可能にする道具として、コンドームに値するものは、多々合ったのである。
 こういう資料は、あまり表立って出てこないのが普通である。近現代においてもそうなのであるから、この太古の昔の話にとって、どれほどの傍証が成り立つのかどうか、そこは難しい理論があるかもしれない。しかし、さほど厳密な学的研究の方法にこだわらなければ、様々な発言をも集め、人が生殖行為やそれを安易にもたらさない避妊の方法について、重大な関心が寄せられていたのは間違いない。
 この第一章は、古代人とコンドームというサブタイトルで、凡そコンドームなるものが今とはずいぶん違うのであろうことに触れられる。しかし、たかが数千年前の人類である。現代人と徹底的に異なる考え方をしていたわけではない。当時から、人口抑制というと大げさだが、個人的に、たえず子どもが産まれてくるようなことは避けなければならないという自覚が伴っていたのだという。確かに当たり前だということになりそうである。この最初の章では、古代エジプトから、ローマ帝国におけるコンドームの使用について紹介される。そんな昔のことがよく分かるなあと思う一方、私はそこに重大な歴史を見ることになる。
 聖書、とくに新約聖書は、性的なことに非常にうるさいように見える箇所が出てくる。パウロは結婚をしたくないと思っていたし、あるいは結婚したかったのに叶わなかったのかもしれない。書簡の読者もできれば結婚などしないほうがいい、などとも述べている。これらを大きく取り上げて、後のカトリック教会は厳しい禁欲を聖徳への道であると定めた。中世はもちろんのこと、その後の近代ヨーロッパにおいて、性を悪とするような見方が定番となっている。しかし、たとえば中世では、このような司祭なり神父なりが、性的な事件について裁きをなさなければならないというせいもあり、このクラスのクリスチャンが、実は性的な事柄について最も知識をもっていなければならないともされている。
 自然でない関係というのは、同性愛のことだ、と通常読まれている。しかし、それに限定する必要もない。コンドームを装着することすら、自然ではないという認識があったのである。彼らはそれほどに、現代人と言葉を同じ意味で使っているわけではない。
 また、旧約聖書には問題の皮膚病がある。ライ病またはハンセン氏病だと言われていた時代もあった。この本の著者は、強い口調ではないけれども、こうした聖書の皮膚病について、性病を疑っている。性病は、後の時代にもどんどん広まっていくこと、それ故にまた病気予防という目的のためにこそ、コンドームが使われてきたというのが人間の今の時代へ続く長い時代を説明するのに適切ではないか、と提案している。性病については、歴史の表舞台には現れてこないのが通常である。しかし、背後で歴史を大きく動かしている事実がある。口にするのも憚られるこの事情に、ストレートにメスをあてたこの本は、類書が殆どないであろうことを考えると、貴重な歴史の提供ということになるかもしれない。
 未婚者には、心理的にあまりお勧めしない。学術的資料として読むのはよろしいかと思うが、結婚や恋愛などに、失望感を抱くかもしれないからである。もちろん、お子さまは禁である。しかし、読み応えのある一冊である。ページも厚い。よくぞここまで調べて提供してくださった、と驚くものである。電車の中で読むためには、ブックカバーをして表紙が見えないようにしておくべきである。やはり、それを見て刺激を受けたり不愉快に思ったりする人が多々あろうからである。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります






 
inserted by FC2 system