本

『若者と生きる教会』

ホンとの本

『若者と生きる教会』
大嶋重コ
教文館
\1200+
2015.9.

 福知山出身の牧師という点でも興味があったが、それ以上に、この本の衝撃的な指摘には心が躍り、また励まされ、そして打ちのめされた感がある。
 著者が属するKGKという組織については、キリスト教会内部でも、知らない人は知らないであろう。キリスト者学生会といい、おもに大学生の活動をフォローする、超教派の組織である。こういうのはいい。同世代の仲間との交流があるし、またその力を直接的に活かす場が与えられる。それでいて、家族のようなそもそもの教会に戻り、そこでの若者たちの役割を果たすことができる。どうかすると、仲間内との活動が楽しくて、一般教会がかったるいように思う若者が現れてもおかしくないと思われるのだが、現実的にそのようにはならないそうだ。
 だが、そのようなことをここで長く述べるのはよろしくない。この本についてである。その題が実にいい。「共に生きる」というのは、近年よく持ち出されるキャッチフレーズである。キリスト者の間でも、どういう立場も人でも同じ教会の中での結びつきをいうのにも用いられるが、多くは、弱い立場の人々や虐げられた人々に近づき、同じ立場に立とうとし、共に進んでいくという活動の姿勢を表すのに用いられる言葉である。決して、上から助けてあげようなどというものではない。寄り添い、同じスピードで歩き、支え合う試みである。それは、手話でいう「ボランティア」(両手の人差し指と中指で人が並んで歩いていくのを示す)の精神でもある。
 教会は高齢化の一途を辿る。多くの教会がそうである。その中で、若者が減り、教会に寄りつかない。なんとか若者を教会に結びつけたいと願うものの、なかなかやって来ない。若者の考えていることも分からない。年配の方々がそのように嘆く形で祈り続け、教会の未来を案じている。そして、若者に自分がどう接してよいか、についても分からなくなっていくのが現実である。若者のために何かをしようか、若者を教会へ……それが本音であることも承知していると言えるが、その姿勢とも違う。「若者と共に生きる」のだ。年寄りだけでもいい、自分にはこれしか分からないから、そうした気持ちで旧態依然のことにしか興味がもてないでいるとすれば、そのこと自体が若者を教会から遠ざけているのであり、若者と一緒に歩こうという思いに欠けたあり方でしかないのである。
 理論がないわけではないが、著者の体験に基づく、かなり実際的な方法や根拠が次々と語られていく。そういう研修講演の内容を本にしたのであるから当然であるが、あまり理論的に構築していくという雰囲気はない。それより、若者はどういう気持ちで教会にいるか、を次々と明らかにしてくれるので、なんともありがたい。人の心の中を説明してくれるというのは、本当に有難い。若者たちが何をどのように考えているのかを吐露してくれるのである。これを教会で役立てない手はない。
 彼らは何を求めているのか。また、彼らに何を言ってはいけないのか。何を言うべきなのか。教会で何をしてもらうべきなのか。事はひとつひとつ、具体的である。それでいて、ちゃんと根拠が示されている。実践的であり、その気になれば、明日からでもできることばかりである。こうしたことを明らかにしてくれる現場の人の声は、本当に助かる。いくら私たちが自分で、こうしたらいいんじゃないか、と、分からない者同士が考えても、案など出て来るはずがないからである。
 これは刺激的な本だった。若い世代を見る目を変え、世界が違って見えてくる気がしてきた。若者をなんとか、と思う教会の役員なり牧師なり、目を通さないではいられない本であると思う。このすべてを実行するのはしんどいかもしれないが、少なくとも、これまで如何に間違った対応をしてきたか、若者を知ろうとしていなかったか、それを悟るためにも、必要な一冊となるだろう。




Takapan
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