本

『中学受験』

ホンとの本

『中学受験』
横田増生
岩波新書1462
\840
2013.12.

 自分の体験、すなわち自分の子が塾に行きそのストレスに潰されそうになったという経験を踏まえて、改めて中学受験とは何か、ということについて調査した本である。ジャーナリストと呼んでよろしいだろうか。アマゾンやユニクロといった組織についても詳しいレポートがあるようだ。
 家族がこの問題に出合ったことで、改めて自分の情報調査手法からして、この中学受験ということについて考え、また根本から問いなおしたというのである。それは、たんに恨みつらみで悪口を言おうとしているのではない。また、広告料などの関係で、塾業界に遠慮してよいしょをしながら記事を書くというものでもない。一般社会の眼差しから、改めて、商業的に影響されず、また一方向だけからの視点で決めつけることもなく、中学受験を調べあげている。
 費用もそうだが、親や子どもには大いなる負担がかかる。だが、何か世間では中学受験をしなければならないとでもいうような風潮が広まっている。それには波があるが、とくに今東京を舞台に、どのくらいの割合で受験がなされているのか、そのための塾との関係はどうなのか、そういった数字の出来事もちゃんと踏まえている。そこがジャーナリストだ。
 事態の真実を見抜くためには、多方面からの取材を必要とする。学習塾はどうなのか。私立中高一貫校との関係どういう具合であるのか。また、そこは「夢の楽園」であるのかどうか、これが本の帯の問いかけでもある。実情はあまり表に出てこないが、中途転出を強いられる場合や、不幸な犠牲になりしかも隠蔽されていることがらも、こういうレポートでは隠すわけにはゆかない。実に悪質な、と呼ばざるをえないような学校の対応もあるらしいのだ。しかも、私立校については、文部科学省の管轄で命令できない事情があるという、あまり知られていないことについてもはっきり告げてくる。私立校信仰に近い一般の親たちは、冷水を浴びせかけられるような思いがするのではないか。
 他方、公立中高一貫校というものが最近現れ、その実力が認められ始めている。こちらは公立である。まだ最初は疑心暗鬼だった世間の親たちも、実績が現れるようになってきて、志向が変わってきているという。学費の安い公立で、私立と同じ効果がでるならば、対費用効果抜群というわけである。しかもそれは経済事情にもマッチする。人気がはっきりと出てきており、私立校のいわゆるランクの下のほうから、経営が圧迫されているというのである。
 しかしまた、そうなると、公立の中高一貫校がいいということで、金持ちが金をかけて、公立の中高一貫校に合格するために子どもに教育をするようになってくる。公立の中高一貫校設置の目的は、そうではなかったはずだ。著者は、そういう問題点をも指摘する。
 話はだんだんとそうして、学費の高い私立校の紹介にも移る。「教育格差」の問題である。本の最後が、金持ちとは正反対の子どもたちの事情の紹介で終わっているところが、この問題の本質を示し、またこれから考えていきたいテーマを明らかにする。貧困で教育が受けられないことは、連鎖する。それは、新しい身分制度にもつながるという、世界的に見ても時代に逆行する道を進むことになるのだという。教育が個人的投資の中でなされる日本のあり方にもよいところがあるのだろうが、たとえばフランスなどの事情を紹介し、学費というものは無料で公費によるというやり方もあるのだという提案には、いますぐ移れないにしても、もう教育や社会についての考え方を全部変えるかのような大きな問題に足を踏み入れる予感さえする。
 中学受験という問題は、大きく教育と、子どもたちと、将来の社会へとつながっていくのだ。様々なことを考えさせる、よい本であった。
 まさに私は、その中学受験をも指導している。しかし、現場の子どもたちとのふれあいは、打算や投資という経済概念とは違う、一対一の場でもある。著者とはまた違い、人間と人間とのふれあいの場として、子どもたちと対話をし、助けようとする現場でもあるわけだ。しかしその際にも、この本のような背景は、やはり捉えていたいものだと強く感じた。やはり、金銭的に優遇された家庭の子しかここには来ていないといえるからだ。




Takapan
ホンとの本にもどります たかぱんワイドのトップページにもどります






 
inserted by FC2 system