本

『ウルトラの金言』

ホンとの本

『ウルトラの金言』
牧詩郎
双葉新書051
\840
2013.1.

 書店に並ぶ新書は数多いけれども、その帯に、スペシウム光線を放とうとするウルトラマンが正面きっているとなると、平積みの場合、ちょっとインパクトがある。しかも帯の裏表紙側は、「カネゴン」だ。
 などと書いても、興味のない方、世代的に違う方々には、なんのことはさっぱり分からないかもしれない。私などが、ドラゴンボールやスラムダンクなどを熱く語る人々の気持ちに共感できないのと同様である。
 もちろん、これは「ウルトラマン」シリーズのことを指している。もともと「超」というような意味の「ウルトラ」という語を日本中に広めたのは、このシリーズにほかならない。1960年代から、円谷英二をはじめとするスタッフにより始められた、空想特撮シリーズは、この本の発行された2013年、円谷プロが50周年を迎えた。悲しいことに、荒尾のウルトラマンランドは、この年に閉園することとなったが、地球を守るこのヒーローは、長い間日本に何かを投げかけ続けてきたのは確かである。
 たしかに、それは子ども番組であった。だが、多くの人が振り返って思うように、これは奥が深い。この本のサブタイトルには「人生を戦い抜くための勇気と知恵」とあるが、決してこれはたんなるマニアの戯言ではない。ウルトラマンシリーズに懸けた人々は、子どもたちへのメッセージとして、大人たちの切なる叫びや最高給の知恵を送り続けたのだった。それは、たとえばこの二年前に亡くなった市川森一氏がそのいくつもの脚本を手がけているのだが、彼はキリスト教の影響を大きく受けた者として、怪獣や星などに聖書に由来する名前をつけることがあったのみならず、思想的にも、聖書的な問題意識や希望を描いたことで知られている。この傾向は、ウルトラシリーズの多くのものに共通する。円谷自身がカトリックに属してからこの円谷プロが始まっているあたりからも、この基盤はあったのだと言えるだろう。円谷英二については、ここでは詳しく述べる暇がないが、魅力的な人物であったことは確かだ。
 そこで、怪獣や特撮もののファンの受け取るであろう、この本からの励ましや深みといった点ではなく、ここでは、信仰の領域からこの本を受け止めてみようと思う。すると、聖書のあの部分が重なってくる、という思いを、抱くことが可能であることが多い。それどころか、そう言えば聖書の言葉は、このようなことを言おうとしているのかもしれない、と直感するケースもありうると思う。私はそうだった。
 寡聞にして、著者が信仰をお持ちかどうかを私は知らない。ただ、キリスト教信仰ではない、という仮定から始めてみよう。特撮ファンとして、ウルトラQからウルトラマンレオまでの中にちりばめられた言葉を拾い集めて、それについての思いをエッセイ風に綴ったというのがこの本の形なのだが、そこには世相や風潮を含め、今の時代の私たちへのメッセージがこめられている。もちろん、それはウルトラシリーズの脚本の中にあったものを取り出している、という恰好ではあるのだが、東日本大震災や原発事故、いじめや戦争といった世界を覆う不安の予想に向けて、それを打ち破ろうとする姿勢を貫き、提案しているところは、著者のエネルギーである。つまり、表面上、さらりと受け流してもよさそうなセリフの中に、深い意味を読み込んでいる場合がある、ということである。時に読み込みすぎかしら、と思えるところもないわけではないが、これがまた著者の味なのであろう。そして、それは私としては、決して的を外してはいないと感じる。
 では、その金言とは具体的にどういうものか。ここに例を挙げるのが親切であるのかもしれないが、それこそきらめく宝石のような言葉の数々であり、選び出すことは難しい。ただ、章立てを確認だけさせてもらうと、「信じること、愛すること」「仕事に向かうとき」「リーダーシップとは」「敗れざるもの」「女性という名のミステリー」「子供たちの未来へ」「熱い友情に憧れるとき」「現代文明への警鐘」というジャンルに著者は分けてまとめている。一部、女性を特別視しているところにこだわる方がいらっしゃるかもしれないが、時代的なものも考慮に入れ、また著者もそのあたりを汲みつつ、穏当に扱っているように見えるので、あまり目くじらを立てずにご覧くだされば幸いである。
 たんに誤りを指摘するというのみならず、他人をこきおろす文章も世の中には多い。自分自身の弱さや間違いを覚えることなく、徒に他人を貶めようとする動きは、見ていて悲しいものがある。しかし、この本には希望がある。人間たちの間違いを突きつけられるような思いを抱きつつ、そこからどうすればよいのか、明るい光を見出そうとする方向性を、ウルトラシリーズの言葉の中に見出そうとしている。まさに光の国のヒーローに相応しい、受け取り方である。
 そして、私の目が開かれた、著者の見解を、ひとつご紹介して終わろうと思う。それは、ウルトラマンの第一話に出てくる、このシリーズの発端の物語の決定的なセリフ、つまり何故ウルトラマンがハヤタ隊員となって地球に来たか、という根拠となる言葉である。「そう、「ウルトラマン」は、言わば壮大な「贖罪」の物語でもあるのです。それまで、正義のために、あるいは、私怨や復讐のために登場したヒーローはたくさんいました。しかし、贖罪のために自己犠牲の精神で登場したヒーローは、ウルトラマンが初めてでしょう。」(金言93より、171頁)




Takapan
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